スロバキア国民党

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 スロバキアの政党
スロバキア国民党

Slovenská národná strana
党首 Andrej Danko
創立 1989年12月
本部所在地 ブラチスラヴァ
政治的思想 スロバキア・ウルトラナショナリズム[1][2]
嫌ハンガリー主義
右翼ポピュリズム[3]
EU懐疑主義
政治的立場 極右[4]
国際連携 ユーロナット
欧州連携 Movement for a Europe of Liberties and Democracy(2011年 - )
欧州議会会派 自由と民主主義のヨーロッパ
公式カラー 白、青、赤
国会
15 / 150
欧州議会
1 / 13
公式サイト
http://www.sns.sk/
スロバキアの政治
スロバキアの政党一覧
スロバキアの選挙

スロバキア国民党( - こくみんとう、Slovenská národná strana, SNS) は、スロバキア政党

概要[編集]

1990年3月にスロバキア共和国の自立を掲げるナショナリズム政党として結成された。かつて存在した同名のスロバキア国民党イデオロギー的後継を自認する。キリスト教民族主義を党是として掲げているが、一般にはハンガリー系ロマ同性愛者などマイノリティ排斥を主張する極右政党とみなされている。

1990年と1992年の選挙では、連邦議会両院とスロバキア国民評議会で議席を得た。1992年選挙後、民主スロバキア運動(HZDS)と共にスロバキア独立を主導した。選挙後、第2次ヴラジミール・メチアル政権に与党として参加、1994年選挙後もメチアル政権に参加したが、1998年国民議会選挙でスロバキア民主連合(SDK)を中心とする反メチアル連合が勝利したため、下野した。2002年選挙では党指導部の対立からSNSと真性スロバキア国民党(P-SNS)の二派に分裂、両党とも議席阻止条項である得票率5%を突破できず議席を失う結果となった。その後、分裂は解消され、2006年選挙では20議席を獲得、ロベルト・フィツォ率いる方向・社会民主主義(SMER-SD)を中心とした連立政権に与党として参加した。極右傾向が強いSNSの政権参加に対し、SMER-SDは一時期、欧州社会党の加盟資格を停止される事態となった。

2006年選挙では9議席の獲得に留まり、2012年選挙では得票率が5%に届かず全議席を失った。2016年選挙では15議席を獲得し、国会に復帰した。

国民議会議席(150議席)の推移[編集]

出典:中東欧・旧ソ連諸国の選挙データポスト社会主義国の選挙・政党データ(ベータ版)

脚注[編集]

  1. ^ Exit poll: opposition winning Slovak election[リンク切れ]
  2. ^ New Slovak Government Embraces Ultra-Nationalists, Excludes Hungarian Coalition Party HRF Alert: "Hungarians are the cancer of the Slovak nation, without delay we need to remove them from the body of the nation." (Új Szó, 15 April 2005)
  3. ^ Wolfram Nordsieck. “http://www.parties-and-elections.de/slovakia.html”. Parties-and-elections.de. 2011年1月10日閲覧。
  4. ^ Human Rights-Slovakia”. Ipsnews.net (2009年6月26日). 2011年1月10日閲覧。

  

参考文献[編集]