ジョゼフィーヌ・ド・ロレーヌ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ジョゼフィーヌ・ド・ロレーヌ
Joséphine de Lorraine
Joséphine de Lorraine, Princess of Carignan.jpg
カリニャーノ公妃ジョゼフィーヌ、E・L・ヴィジェ=ルブラン

称号 カリニャーノ公妃
出生 (1753-08-26) 1753年8月26日
死去 (1797-02-08) 1797年2月8日(43歳没)
Flag of Kingdom of Sardinia (1848).svg サルデーニャ王国トリノパラッツォ・カリニャーノ英語版
埋葬 Flag of Kingdom of Sardinia (1848).svg サルデーニャ王国トリノ大聖堂英語版スペルガ大聖堂英語版
配偶者 カリニャーノ公ヴィットーリオ・アメデーオ2世
子女 カルロ・エマヌエーレ
家名 ギーズ家
父親 ブリオンヌ伯ルイ・シャルル
母親 ルイーズ・ド・ロアン
テンプレートを表示

マリー・ジョゼフィーヌ・テレーズ・ド・ロレーヌMarie Joséphine Thérèse de Lorraine, 1753年8月26日 - 1797年2月8日)は、ブルボン朝末期フランスの貴族女性。

生涯[編集]

フランス宮廷の王室主馬頭を務めたブリオンヌ伯ルイ・シャルルと、その3番目の妻ルイーズ・ド・ロアンの間の第2子・長女。1768年10月18日ウルクスにてカリニャーノ公ヴィットーリオ・アメデーオ2世と結婚[1]。夫の大勢いる妹の一人はランバル公妃マリー・ルイーズであった。1770年、一人息子カルロ・エマヌエーレ(1770年 - 1800年)を出産。1780年夫と死別した。1797年トリノパラッツォ・カリニャーノ英語版で死去。遺骸は当初トリノ大聖堂英語版に葬られたが、1816年スペルガ大聖堂英語版内のサヴォイア王家墓所に改葬された。

引用・脚注[編集]

  1. ^ van de Pas, Leo. “Josefa Princesse de Lorraine-Brionne”. Genealogics .org. 2010年9月1日閲覧。