シャヴカト・ミルズィヤエフ

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シャヴカト・ミロモノヴィッチ・ミルズィヤエフ
Shavkat Miromonovich Mirziyoyev
Shavkat Mirziyoyev (cropped).jpg
生年月日 (1957-07-24) 1957年7月24日(59歳)
出生地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
Flag of the Uzbek SSR.svg ウズベク・ソビエト社会主義共和国 ジザフ州
出身校 タシュケント灌漑・農業機械化大学ロシア語版英語版
所属政党 自己献身・国民民主党→)
ウズベキスタン国民復興民主党

内閣 ミルズィヤエフ内閣
在任期間 2003年12月12日 -
大統領 イスラム・カリモフ
ニグマティラ・ユルダシェフ(代行)
自身 (代行)
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シャヴカト・ミロモノヴィッチ・ミルズィヤエフウズベク語: Shavkat Miromonovich Mirziyoyevロシア語: Шавкат Мираманович Мирзияев1957年7月24日 - )は、ウズベキスタンの政治家、首相。ジザフ州出身。ウズベキスタン国民復興民主党所属。

経歴[ソースを編集]

タシュケント灌漑・農業機械化大学ロシア語版英語版を卒業し、博士号を取得[1]コムソモールの書記、党オルグ、副学長として働く。その後1996年までタシュケントのミルザ・ウルグベク(旧クイブイシェフ)地区長に任命。1996年9月から2001年まで、ジザフ州知事[2]1999年ジザフ州から第2期国民議会に出馬し当選。2001年11月から2003年12月11日まで、サマルカンド州知事[2]

2003年12月11日に大統領イスラム・カリモフから首相に指名され、同日中に国民議会からの承認を得て就任する。2005年1月28日、第3期国会に再選。2005年2月4日と2010年1月26日にそれぞれ首相に再任された。2008年までは自己献身・国民民主党に所属し、同党の解党後は後継政党のウズベキスタン国民復興民主党に属している。

ミルズィヤエフは行政を担うサマルカンド閥の実力者であり、カリモフの妻タチヤーナ・カリモヴァ英語版ウズベキスタン国家保安庁長官ルスタム・イノヤトフと友好関係にあることから、カリモフの後継者として有力視されていた[3]。2016年9月2日にカリモフが死去した際には、葬儀委員長に就任してカリモフの国葬を取り仕切り、後継者としての存在感を示した[4][5]

2016年9月8日、上下両院の合同会議で大統領代行に任命[6]

出典[ソースを編集]

公職
先代:
ウトキル・スルタノフ
ウズベキスタンの旗 ウズベキスタン首相
第3代:2003年 -
次代:
-
先代:
ニグマティラ・ユルダシェフ英語版(代行)
ウズベキスタンの旗 ウズベキスタン大統領代行
2016年 -
次代:
-