サトライ人

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古代の地理において、サトライ人(サトライじん、ギリシア語: "Σάτραι"、Satrai)は、ネストス川(メスタ川)とストリモナス川(ストルマ川)の間のパンガエウス山に居住するトラキア人であった。

サトライのおおよその位置

ヘロドトスによれば、サトライ人は当時独立しており、人類の記憶に残っているうちには征服されたことがなかった。サトライ人は森と雪に覆われた非常に高い山々に居住していた。最も高い山にはディオニューソスの神官がおり、その言葉は巫女によって伝達されていた。

サトライ人はこの地域の金鉱および銀鉱の労働指揮者であった。ヘロドトスはサトライについて述べた唯一の古代の人物であり、東洋学・歴史地理学者のトマシェクはこの名称は民族のものではなく、トラキア人の氏族ディオイ英語版ベッシ[要リンク修正]の戦闘的な気高さの名称であると考えている。

古典学者・言語学者 のジェーン・エレン・ハリソンらは、サトライ人をサテュロスディオニューソスの酒盛りの仲間)やケンタウロスと同一であると見なしている。サトライ人はΣατροκένται(Satrokentai)という名称(ヘクタイオスによればトラキアの氏族の名称であり、ビザンティウムのステファヌスによって引用されている)とも呼ばれており、これはハリソンらの推測を支持している。語尾の -κένταιはトラキア人の他氏族Επταί-κενθοςΔινί-κενθοςに対応している。

参考文献[編集]

  • JE Harrison, Prolegomena to Greek Religion (1903)
  • 『歴史』第7巻 - ヘロドトスの著書。Wikisource英語版。