クロード・ベルナール

クロード・ベルナール(Claude Bernard, 1813年7月12日 - 1878年2月10日)は、フランスの医師、生理学者。 「内部環境の固定性」と言う考え方を提唱。この考え方は後に米国の生理学者・ウォルター・B・キャノンによって「ホメオスタシス」という概念に発展させられた。また、1862年にルイ・パスツールと共に低温殺菌法の実験を行った。
生涯
[編集]ベルナールはフランス東部のローヌ地方の村サン・ジュリアンで、ワイン商を営む父と、農民の母との間に生まれた[1]。彼は村のイエズス会の学校で初等教育を受け、リヨン大学に入学したが、薬剤師の助手になるため大学を離れた。彼は余暇の間にヴォードヴィル・コメディの台本書きに専念し、21歳で劇作家を志しパリへ向かった。しかしながらパリで彼の台本を読んだ評論家は作家をあきらめ、医学の道を志すよう彼に諭した。ベルナールはこの助言に従い、病院でインターンとなった。
ベルナールは、1834年にパリに移り、パリ大学の医学部に入学した。1836年実習医試験、1839年インターン試験にそれぞれ合格している。1841年、フランソワ・マジャンディー教授の助手になり、生理学的実験の専門家となった。[1]。
1843年に医学の学位を取得して、1845年マリー・フランソワーズ・マルタンと見合い結婚した。1854年からソルボンヌ大学で生理学の教授を務めた。さらに、1855年にはコレージュ・ド・フランスで医学の教授に就任した。1868年にはアカデミー・フランセーズ会員に選出された。1869年に妻と離婚している。その後は、医学的哲学的研究に打ち込んだ。[1]。
動物実験
[編集]今日の動物実験方法の創始者であるベルナールは、既に麻酔法が確立しつつあった時代にありながら、動物に対してはこれを用いようとせず、無麻酔のまま犬をはじめとする多数の動物を生体解剖(生きたまま解剖)を行った。動物の頭を外に出しそのままにしておき、一方体は中で炙り焼にする炉をつくり「動物の熱、熱の影響および発熱に関する講義(1876)」を著した[2]。動物実験の様子を間近に見ていた彼の妻と娘がその凄惨さに心を痛め、動物実験反対団体を立ち上げた[3]。
脚注
[編集]- ^ a b c フランソワ・トリモリエール、カトリーヌ・リシ編、樺山紘一日本語版監修『ラルース 図説 世界史人物百科 Ⅲ フランス革命 - 世界大戦前夜』原書房(2005年4月10日、p.274)
- ^ 罪なきものの虐殺. 新泉社. (2002-06-01). p. 97
- ^ 『はじめての動物倫理学』集英社、2021年3月22日、54-55頁。
参考文献
[編集]関連項目
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| 前任 マリー=ジャン=ピエール・フルーレンス |
アカデミー・フランセーズ 席次29 第12代:1868年 - 1878年 |
後任 エルネスト・ルナン |