キンタロー

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キンタロー
品種 ペルシュロン系種
性別
毛色 青毛
生誕 1977年5月5日
死没 1992年
二世ロッシーニ
宝玉
生国 日本の旗 日本北海道別海町
生産 粂川一郎
馬主 尾ヶ瀬庄五郎
調教師 尾ケ瀬富雄
競走成績
生涯成績 102戦32勝
獲得賞金 1億1672万5000円
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キンタローとは日本競走馬である。ばんえい記念を3回優勝するなどして活躍し、ばんえい競馬において初めて1億円を超える賞金を獲得、さらに生涯獲得賞金額もばんえい競馬において史上1位である歴史的名馬である。

血統[編集]

父は、ばんえい競馬の種牡馬として大成功を収めた二世ロッシーニ。純粋なペルシュロン血統であり、同馬の祖父に当たるロッシーニからの力強さを受け継いだものと思われる。母は宝玉。ペル系なのは、その母が、重半馬である春風である為である。祖父は父方、母方共にペルシュロンであり、ペル系という表し方になるが、実際はかなりペルシュロンが主体をしめる血統である。

概要[編集]

馬齢は原則として旧表記を用いる。

第11回、13回、14回と農林水産大臣賞典(現在のばんえい記念)を3度制したばんえい競馬の名馬として伝説化されている馬である。過去のばんえい競走馬の中では知名度が最も高いとされる[1]

3歳でデビューしたが、それまでは良く言われるような一流馬のような感じではなく、あまり話題にも上がらなかった[2]

その後、6歳、岩見沢での岩見沢記念重賞初制覇。

さらに7歳で本格化すると、農林水産大臣賞典を初制覇。8歳時は勝てなかったものの、9歳・10歳と連覇し、通算3勝した。連覇・3勝したのは女傑キヨヒメに次ぐ2頭目である[3]

当時のばんえい競馬はばんえい競馬を開催していた4場の持ち回りを取っており、下記のように全く異なる3場で同競走を勝利している。競馬場によって大きな差があるとされていたばんえい競馬で優勝する事は偉業であり、今でも色あせない所以でもある[4]。この考え方からすると、後に平成期に4連覇したスーパーペガサスと違った快挙と言えよう。

10歳時の農林水産大臣賞典では、ばんえい競馬史上最多勝利を誇る名騎手金山明彦をパートナーに、金山自身2度目の勝利を上げる。

11歳まで現役を続け、引退後種牡馬となる。しかし、産駒が結果を残す前に死亡した。

おもな戦績[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 北海道を始めとする全国の民放の定時ニュースなどでも報じられ、初めて1億円を越えた馬として多くの注目を集めた。
  2. ^ ばんえい競馬では特に2・3歳(現表記)などの注目が少なく、年をある程度減らないと古馬と対等に戦う事も難しいため。
  3. ^ なお、「初勝利→1年明けて連覇」という形はこの2頭は同じである。
  4. ^ 他の1億円獲得馬の時代は帯広競馬場での施行が固定化されていたため、難易度が異なる。