キッド・マッコイ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
チャールズ・"キッド"・マッコイ
Kid McCoy.jpg
基本情報
本名 ノーマン・セルビー
通称 Kid McCoy
階級 ライトヘビー級
身長 182cm
リーチ 193cm
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 (1872-10-13) 1872年10月13日
出身地 インディアナ州
死没日 (1940-04-18) 1940年4月18日(満67歳没)
プロボクシング戦績
総試合数 106
勝ち 84
KO勝ち 64
敗け 7
引き分け 6
無効試合 9
テンプレートを表示

チャールズ・"キッド"・マッコイ(Charles "Kid" McCoy、本名:ノーマン・セルビー (Norman Selby)、1872年10月13日 - 1940年4月18日)は、アメリカ合衆国出身の元プロボクサー

漫画「あしたのジョー」で一般に知られるようになったコークスクリュー・ブロー(パンチの当て際に手首を回転させ、抉り込むように打つパンチ)の発案者とも言われる[要出典]。 猫がボールにじゃれているのを見て閃いたといわれているが、キッド・マッコイ自身は奇行の多い人間だったため真相は定かではない。


来歴[編集]

1897年12月17日、ダン・クリードンを15RTKOで倒して初世界タイトルを取得。その後も階級を問わず闘い、1904年には初代世界ライトヘビー級王座をジャック・ルートと争ったが判定で敗れた。翌年引退したがカムバック、その後も引退とカムバックを繰り返した。

優れた技巧派であった反面、一種の奇人で、油断させたるため病身を装ってリングに上がったり、セコンドに画鋲を仕込ませて相手に踏ませたり、試合中に相手に話しかけ、その隙に乗じてパンチを浴びせダウンさせたりなど、反則紛いの変則ファイトでも知られる。私生活でも8回結婚を繰り返したり、同居していた不倫相手を射殺するなど、奇行を繰り返したという。また、1935年には湖に転落した児童6人を救い出した。1940年、睡眠薬の過剰摂取による自殺を遂げた。遺書には「この世は狂っている」と書かれていた。

通算戦績[編集]

106戦84勝(64KO)7敗6引分6無判定試合3無効試合

関連項目[編集]

外部リンク[編集]