カンクエン

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カンクエン
Cancuenpanel3.jpg
タフ・チャン・アフクを描いた石板3
カンクエンの位置(グアテマラ内)
カンクエン
遺跡の位置
所在地 グアテマラペテン県
座標 北緯16度00分52.9秒 西経90度02分18.3秒 / 北緯16.014694度 西経90.038417度 / 16.014694; -90.038417座標: 北緯16度00分52.9秒 西経90度02分18.3秒 / 北緯16.014694度 西経90.038417度 / 16.014694; -90.038417[1]
種類 定住地
歴史
時代 古典期
文化 マヤ

カンクエンCancuén)は、グアテマラペテン県南端の古代マヤ遺跡。パシオン川渓谷にあり、グアテマラの低地と高地を結ぶ交易の要地だった。

カンクエンには神殿ピラミッドが存在せず、長い間評価の低い遺跡だったが、2000年以降にその重要性が認識された。

遺跡[編集]

カンクエンはテオベルト・マーラーによって1905年に発見されたが、さして重要な遺跡とは考えられていなかった。1960年代にハーバード大学の大学院生が訪れて、宮殿の存在を報告したが、その規模は過小評価されていた[2]

アーサー・デマレストの率いる調査隊は1990年代にドス・ピラスなどペテシュバトゥン地域の発掘を行った。その中にドス・ピラスの王子とカンクエンの王女の結婚を記した碑文があり、カンクエンの重要性が認識されるようになった[2]ヴァンダービルト大学、グアテマラ文化省、ナショナルジオグラフィック協会などの支援を受け、アーサー・デマレストとトマス・バリエントス・ケサダの率いるグアテマラとアメリカ合衆国の共同調査隊が1999年からカンクエンの発掘を行った。

調査隊は2000年に8世紀の巨大な宮殿を発見した。宮殿は765年から790年の間にタフ・チャン・アフク王によって建てられた[3]。この宮殿は従来小さな建造物と考えられていたが、宮殿の本体は地下に埋まっていて、発掘の結果170の部屋を持つ古代マヤで最大の宮殿であることが判明した[2]。一帯を支配していたドス・ピラスが761年に滅亡したため、支配下にあったカンクエンなどの諸都市がふたたび繁栄するようになったと考えられている[4]

カンクエンは、ヒスイなどの高地マヤの産物を運ぶための重要な拠点であり、カラクムルからラ・コロナエル・ペルーセイバルを経てカンクエンに至る南北交易路が存在したと考えられている[5]

2005年には支配者層が大量虐殺され、宮殿の入口近くの貯水池に投げこまれているのが発見された。800年ごろに攻撃を受けて殺害されたと考えられている[6]。また石碑の王族の顔はすべて削り取られた[7]

脚注[編集]

  1. ^ Textdatenbank und Wörterbuch des Klassischen Maya, http://mayawoerterbuch.de/sites/cancuen/ 
  2. ^ a b c David F. Salisbury (2000-09-08), Vanderbilt archaeological team unearths buried Maya royal palace, Vanderbilt University, http://www.vanderbilt.edu/exploration/news/news_maya.htm 
  3. ^ Archaeologists Unearth Ancient Maya Masterpieces While Excavating A Sacred Ball Court In Guatemala, National Geographic, (2004-04-23), http://press.nationalgeographic.com/2004/04/23/archaeologists-unearth-ancient-maya-masterpieces-while-excavating-a-sacred-ball-court-in-guatemala/ 
  4. ^ Martin, Simon; Grube, Nikolai (2000). Chronicle of the Maya Kings and Queens. Thames & Hudson. p. 65. ISBN 0500051038. 
  5. ^ Marcello A. Canuto; Tomás Barrientos Q. (2013). “The Importance of La Corona”. La Corona Notes 1 (1). http://www.mesoweb.com/LaCorona/LaCoronaNotes01.html. 
  6. ^ 『古代マヤの遺跡で大量虐殺の痕跡を発見』 ナショナル ジオグラフィック日本版、2005年11月17日http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/topics/n20051117_1.shtml 
  7. ^ ガイ・グリオッタ「新説マヤ文明 その繁栄と崩壊」『ナショナルジオグラフィック日本版』2007年8月。

外部リンク[編集]