アンヘル・ブランコ

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はバルガス第二姓(母方の)はサンチェスです。
アンヘル・ブランコ
プロフィール
リングネーム ランチェロ・バルガス
ガトー・ネグロ
クルズ・ディアブロ
アンヘル・ブランコ
本名 ホセ・バルガス・サンチェス
ニックネーム 白い天使
誕生日 (1938-08-02) 1938年8月2日
死亡日 (1986-04-26) 1986年4月26日(47歳没)
出身地 メキシコの旗 メキシコ
ハリスコ州アトヤック
トレーナー ディアブロ・ベラスコ
デビュー 1958年[1]
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アンヘル・ブランコÁngel Blanco)のリングネームで知られるホセ・バルガス・サンチェスJosé Ángel Vargas Sánchez1938年8月2日 - 1986年4月26日)は、メキシコプロレスラーハリスコ州アトヤックの出身。

来歴[編集]

ディアブロ・ベラスコにルチャを学び、1958年ランチェロ・バルガスのリングネームでデビュー。1962年から白を基調に天使の羽がデザインされた覆面を被り、白い天使を意味するマスクマンのアンヘル・ブランコとして活動。1966年頃より、同じく白覆面のドクトル・ワグナーとのタッグチーム、ラ・オラ・ブランカLa Ola Blanca)を結成。EMLL(現在のCMLL)を拠点とした。

1972年12月、エル・ソリタリオにマスカラ・コントラ・マスカラで敗れ素顔になる。1975年からUWAに移籍。1979年には藤波辰巳の持つWWFジュニアヘビー級王座に挑戦するも敗退。1980年には新日本プロレスに初来日した。

1986年4月26日、ドクトル・ワグナーらと車で巡業に向かっている最中に、ヌエボ・レオン州モンテレーにて交通事故に遭い死去。

実子にアンヘル・ブランコ・ジュニア、イホ・デル・アンヘル・ブランコ1号、2号ほか。娘婿にレイ・サロモン、孫にCMLL所属のホルス(レイ・サロモンの子)がいる。

得意技[編集]

  • La Temblorina

獲得タイトル[編集]

EMLL
  • メキシコナショナルクルーザー級王座
  • メキシコナショナルヘビー級王座
  • メキシコナショナルタッグ王座
  • NWA世界ライトヘビー級王座
NWA
  • NWAアメリカスタッグ王座

脚注[編集]