アマリア・デル・ピラール・デ・ボルボーン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
アマリア・デル・ピラール・デ・ボルボン
Amalia del Pilar de Borbón
Amalia del Pilar de Borbón.jpg
出生 (1834-10-12) 1834年10月12日
スペインの旗 スペイン王国マドリード
死去 (1905-08-27) 1905年8月27日(70歳没)
バイエルン王国の旗 バイエルン王国ミュンヘンニンフェンブルク宮殿
配偶者 バイエルン王子アーダルベルト
子女 ルートヴィヒ・フェルディナント
アルフォンス
イザベラ
エルフィラ
クララ
父親 カディス公フランシスコ・デ・パウラ・デ・ボルボーン
母親 ルイサ・カルロッタ・デ・ボルボーン=ドス・シシリアス
テンプレートを表示

アマリア・デル・ピラール・デ・ボルボーンスペイン語: Amalia del Pilar de Borbón, 1834年10月12日 - 1905年8月27日)は、バイエルン王子アーダルベルトルートヴィヒ1世の四男)の妃。ドイツ語アマリア・デル・ピラール・フォン・シュパーニエン(Amalia del Pilar von Spanien)。

生涯[編集]

スペイン王子、カディスフランシスコ・デ・パウラと妃ルイサ・カルロッタの末子として、マドリードで生まれた。1856年8月にアーダルベルトと結婚。5子をもうけた。