須田一二三

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須田 一二三(すだ ひふみ、1942年 - )は、元競輪選手

来歴

三重県の出身だが、後に岐阜県を登録地として活動。

日本競輪学校第16期生。同期に稲村雅士工藤元司郎らがいる。

1962年7月21日高松競輪場でデビューして1着。その後、2010年8月8日現在、競輪選手の最多連勝記録である37連勝を果たした。ちなみに須田が37連勝を達成した当時、特別進級(特進)制度がなく、同制度が設けられてからの最多連勝記録は、坂本勉の35連勝である。

1964年に行われた第18回日本選手権競輪後楽園競輪場)決勝3着など、いくつかの大会で特別競輪(現在のGI)の決勝進出歴があるが、優勝は一度も果たせなかった。1975年の日本選手権競輪(千葉競輪場)では、優勝を果たすことになる高橋健二の、最終ホームからの捨て身の先行策に乗ってその番手でレースを進めるという、絶好の好機を得たものの、勝負どころの最終3角付近で高橋についていけなかったことが災いし、4着に終わった。

1999年4月6日選手登録削除。通算戦績2884戦645勝。

関連項目