薄以量

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薄以量
時代 室町時代
生誕 永享8年(1436年
死没 明応5年5月5日1496年6月15日
官位 従三位
主君 後土御門天皇
氏族 薄家(橘氏
父母 薄以盛
養子:薄以緒
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薄 以量(すすき もちかず、永享8年[1]1436年) - 明応5年5月5日1496年6月15日))は、室町時代公卿正三位薄以盛の子。官位は従三位美濃守

人物

元服と同時に左近衛将監六位蔵人に任ぜられると、式部大丞を経て、従五位下美濃守に叙任される。応仁元年(1467年従五位上に叙せられ、応仁2年(1468年)父の薄以盛より橘氏長者を譲られた。

その後、文明6年(1474年正五位下、文明13年(1481年従四位下、文明16年(1484年)従四位上、延徳元年(1489年正四位下と昇進する。

明応5年(1496年従三位に叙されて公卿に列すが、11日後の5月5日に薨去享年61。公卿であったのはわずか12日間であった。

著書に『橘家神体勧請之巻』がある。

官歴

諸家伝』による。

脚注

  1. ^ 『公卿補任』の享年61による。『系図纂要』には「永享十八年生」とあるが、永享は13年までしかないことから誤記か。
  2. ^ 『公卿補任』後土御門天皇応仁二年条。橘以盛の項「氏長者。十月廿八日譲以量」
  3. ^ 『公卿補任』

参考文献