禅雲寺

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禪雲寺
所在地 全羅北道高昌郡牙山面三仁里500
山号 兜率山  
宗派 曹渓宗天台宗禅宗⇒曹渓宗)
寺格 曹渓宗第25教区本寺
本尊 釈迦如来
創建年 577年百済威徳王24年)
開基 黔丹?
正式名 禪雲寺
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禅雲寺(ぜんうんじ)は、大韓民国全羅北道高昌郡にある仏教寺院。韓国仏教の最大宗派である曹渓宗大韓仏教曹渓宗)の第24教区本寺。

歴史

曹渓宗大韓仏教曹渓宗)は寺の創建を577年百済威徳王24年)としている[1]。曹渓宗は百済の寺と認識しているが、新羅真興王が創建したとの説もある。1707年に書かれた『兜率山禪雲寺創修勝蹟記』によると、真興王が王位を辞した初夜に左邊窟(真興窟)で寝た際、夢の中で弥勒三尊仏が岩を破って出るのを見たのに感動し、重愛寺を創建したが、それがのちの禅雲寺であるとする。

李氏朝鮮太宗による1407年(太宗7年)の仏教弾圧の際、存続を許された88寺院の中に長沙禅雲寺の名前があり、禅雲寺は存続を許された。なお長沙禅雲寺の宗派は天台宗になっている。しかし世宗による1424年(世宗6年)の仏教弾圧の際は、存続を許された36寺院の中に名前がなく、廃寺になったようである。

日明戦争の際に消失したが、1614年光海君6年)から6年かけて再建された。

脚注