磯野清治

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磯野 清治(いその せいじ、1913年大正2年)3月17日[1] - 1987年昭和62年)8月12日[2])は、福島県常磐市(現・いわき市(2期)。

来歴[編集]

栃木県那須郡馬頭町(現・那珂川町)出身[2]高等小学校卒業後、常磐炭鉱に入るが、1年で退社[1]。裁判所職員を経て、朝鮮総督府警察学校に入り、刑務官となる[1]1946年に帰国、常磐炭鉱に再就職、同所の労働組合に入り、組合長となる。1957年の常磐市長選挙に立候補し、現職の矢吹荘司を破って初当選する[3]1961年1965年の選挙でも再選[3]。いわき市と合併するまで市長を務めた。

このほか常磐市社会福祉協議会会長、日赤常磐地区長[1]、常磐地区労議長、日本社会党県支部会計監査地労委員、県労働金庫理事[4]、全国市長会評議員などを務めた[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 『福島県名士録』66頁。
  2. ^ a b 『ジャパンWHO was WHO─物故者事典1983~1987』55頁。
  3. ^ a b 常磐市・市長選(福島県):政治データのブログ
  4. ^ 『日本人事録 第6版 全国篇』106頁。

参考文献[編集]