真性

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真性(しんしょう、仁安2年(1167年) - 寛喜2年6月14日1230年7月25日))は、平安時代後期から鎌倉時代前期にかけての天台宗後白河天皇の皇子以仁王の第三王子。

1183年寿永2年)に出家し、比叡山明雲慈円承仁に天台教学を学んだ。後鳥羽天皇土御門天皇順徳天皇と3代に渡り天皇の護持僧をつとめた。1203年建仁3年)に天台座主に就任し、翌1204年元久元年)には大僧正に任じられている。その他四天王寺別当をつとめている。

1197年建久8年)に承仁が没すると、師から城興寺を譲られた。同寺はかつて実父の以仁王が平氏政権によって没収され、明雲に与えられた経緯があった。1230年(寛喜2年)、彼はこの寺で咳病によって没した[1][2]

脚注

  1. ^ 明月記』寛喜2年7月9日条および『華頂要略
  2. ^ 栗山圭子「城興寺のゆくえ」『中世王家の成立と院政』吉川弘文館、2012年 ISBN 978-4-642-02910-0