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大迫傑

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大迫 傑
Suguru OSAKO
Portal:陸上競技
[[File:
ファイル:2012年 箱根駅伝1区.jpeg
2012年箱根駅伝1区
|220px]]
選手情報
フルネーム 大迫 傑
国籍 日本の旗 日本
種目 長距離走
所属 早稲田大学
生年月日 (1991-05-23) 1991年5月23日(33歳)
生誕地 日本の旗 日本東京都町田市
身長 170cm
体重 53kg
自己ベスト 5000m 13分31秒27(2011年
10000m 27分56秒94(2012年
ハーフマラソン 1時間01分47秒(2010年
獲得メダル
陸上競技
ユニバーシアード
2011 深圳 10000m
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大迫 傑(おおさこ すぐる、1991年5月23日 - )は、東京都町田市出身の陸上競技選手。専門は長距離種目佐久長聖高等学校卒業、早稲田大学スポーツ科学部在学。第26回ユニバーシアード男子10000m優勝者、ハーフマラソンのアジアジュニア記録保持者である。

来歴・人物

中学入学から本格的に陸上競技を始めた。中学3年時の第33回全日本中学校陸上競技選手権大会3000mでは3位に入った。東京都出身であり、3000mでも東京都中学校の最高記録8分41秒59をマークした。2007年に佐久長聖高校に進学。1学年上には村澤明伸や後に大学でも先輩となる平賀翔太や佐々木寛文らがいた。2008年に5000mで高校2年生としては史上4人目となる13分台を記録。また、1シーズンに同一高校から複数選手が13分台をマークした初の例にもなった。その年の全国高校駅伝では自ら志願してアンカーを務め、1位で襷を受けるとそのまま区間賞の活躍を見せ、またチームも外国人選手を含まない記録としては過去最高の2時間02分18秒を記録し、佐久長聖高校の初優勝に貢献した。翌2009年には2度目の全国高校駅伝に出場、大迫自身は1区で区間賞を獲得し、同じ佐久長聖高校出身である上野裕一郎に次ぐ1区日本人歴代2位となる、29分06秒を記録した。チームは4位に入った。

2010年、世界クロスカントリー選手権ジュニアに初出場して32位に入った。日本人では村澤に次ぐ2位であった。2010年、早稲田大学に進学。7月にカナダ・モンクトンで行われた、世界ジュニア選手権10000mに同学年の志方文典と共に出場。8位に入賞し、志方も9位に入った。同年の第22回出雲駅伝では2区を走り先頭を守ったが後続に差を詰められ、本人曰く悔しさの残る大学駅伝デビューとなった。早稲田大学は14年ぶり2回目の優勝を飾った。第42回全日本大学駅伝では2区で先頭の東洋大・柏原竜二との差を20秒縮めて、1区の遅れを取り戻す7人抜きの快走を見せた。その後佐々木、志方等の活躍で早稲田大学は優勝を飾った[1]。 同年11月22日に行われた第23回上尾シティマラソンでは1時間01分47秒を記録して優勝すると共に、伊達秀晃が持っていたジュニア記録を更新した。

2011年の第87回箱根駅伝では1区序盤で集団から抜け出し、唯一付いてきた佐久長聖高校の2学年先輩である日本大学の堂本尚寛を中盤で振り切り、2位に54秒差を付けて区間賞を獲得。早稲田大学は5区中盤まで先頭を守って東洋大学と27秒差の往路2位、翌日の復路で東洋大学を逆転して18年ぶりの総合優勝を飾った。また2000年の順天堂大学以来10年ぶり3度目の大学駅伝3冠を達成した。深圳で行われたユニバーシアードでは、28分42秒83のタイムで優勝。日本人としては1995年福岡大会渡辺康幸以来となる16年ぶりの優勝となった。

主な戦績

駅伝成績

自己記録

脚注

  1. ^ 秩父宮賜杯第42回全日本大学駅伝対校選手権大会 日本学生陸上競技連合. 2011年6月18日閲覧。
  2. ^ Athletics Men's 10000m Result Universiade2011SHENZHEN (2011-08-17). 2011年8月17日閲覧

外部リンク