大脳辺縁系

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脳: 大脳辺縁系
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辺縁系
名称
日本語 大脳辺縁系
英語 limbic system
関連情報
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大脳辺縁系(だいのうへんえんけい、 limbic system: limbicの語源のラテン語であるlimbusは、edge すなわち「辺縁」の意である)は人間の脳で情動の表出、意欲、そして記憶自律神経活動に関与している複数の構造物の総称である。

歴史的経緯

フランスの内科医であるブローカ(Paul Broca)は1878年に、上部脳回を包み込んでいる大脳の一部(脳回)を大脳辺縁葉"le grande lobe limbique"と呼称した。

しかし、この部位に情動に関与する機能が想定されるようになったのは1937年に、アメリカの神経解剖学者であるパペッツ(またはペーペッツ、James Papez)が情動に関する彼の解剖学的モデルを提示してからである。パペッツは帯状回が興奮すると、海馬体乳頭体視床の前核を経て帯状回に刺激が戻る、という神経回路を想定し、この回路が持続的に興奮することで情動が生まれるのではないか、と考えた。このモデルはのちに、必ずしも正しくないと考えられるようになっているが、現在でも古典的な「パペッツの情動回路 Papez circuit」として知られている。

パペッツの理論はマクレーン(Paul D.MacLean)[1]により、より広い領域に対する、現在の概念に近い「大脳辺縁系 」に対して拡張された。大脳辺縁系という概念はその後もNauta、Heimerなどによって拡張されている。

解剖

大脳辺縁系の領域は文献により異なる。そのため、ここでは理解の便のために、一般的に大脳辺縁系の一部を構成していると考えられている部位と、その周辺構造を記載する。辺縁系のうち、重要かつ機能の解明されてきている特異な構造として扁桃体海馬体が挙げられる。(なお、海馬体とは海馬海馬台、そして歯状回の総称である。)

大まかに見て大脳辺縁系は、大脳の表面からは見えない大脳の辺縁皮質とその下の、そしてそれらを繋いでいる線維連絡から成り立っている。

辺縁皮質

辺縁皮質の主要な部位は大脳のうちの古い部分である原皮質古皮質から成り、ほぼ発生学的な「嗅脳」に相当する。こうした言葉に対応して、(人における)大脳皮質の表層部は「新皮質」と呼ばれる。おおまかな古皮質・原皮質、その他の辺縁皮質の対応は以下のようになっている。

古皮質 Paleocortex:梨状前野、扁桃体周囲野

原皮質 (原始皮質)Archiocortex:海馬体

その他の辺縁皮質(これは中間皮質と呼ばれる。):帯状回、海馬傍回、鈎

  • 帯状回 cingulate gyrus:心拍数や血圧のような自律神経機能のほか、認知や注意のプロセスにも関与している。
  • 弓隆回 fornicate gyrus:帯状回、海馬、そして海馬傍回を包含した名前。
  • 海馬 hippocampus:短期記憶の形成に関わっている。
  • 海馬傍回 parahippocampal gyrus:空間記憶に関与している。

さらに、場合によっては以下のような皮質の部位も辺縁系に包含される。

辺縁系に含まれる皮質下の核

これに対して、辺縁系に含まれる皮質下の核には、扁桃体中隔核視床下部、視床の前核などが含まれる。視床下部は辺縁系に含まないこともあり、この場合には、辺縁系が視床下部の上位中枢と見なされる。

  • 扁桃体 amygdala:攻撃性や恐怖に関与している。
  • 視床下部 hypothalamus:ホルモンの産生と放出により自律神経機能を調節している。血圧、心拍数、空腹、口渇、性的興奮、そして睡眠・覚醒のサイクルなどに関与している。
  • 乳頭体 mammilary body:記憶の形成に重要である。
  • 側坐核 nuculeus accumbens:脳内報酬系、快楽、そして薬物依存などに関与している。

線維連絡

これらをつなぐ線維連絡として、脳弓脳弓交連などがある。

機能

大脳辺縁系は、内分泌系自律神経系に影響を与えることで機能している。大脳辺縁系は、側座核といわれる構造と相互に結合しており、これは一般に大脳の快楽中枢として知られている部位である。側座核は性的刺激、そしてある種の違法薬物によって引き起こされる「ハイ」な感覚と関連している。こうした反応は、辺縁系からのドーパミン作動性線維の投射によって強い修飾を受けている。金属電極を側座核に挿入したラットは、この部位への電気刺激を引き起こすレバーを押し続け、食物や水の摂取をせずに最終的には疲労によって死んでしまうことが知られている。

辺縁系の発達

進化論的には、大脳辺縁系は脳の最も古い部位の一つであり、嗅葉orfactory lobesと関連している。魚類ではすでに辺縁系を見ることができる。動物が高等になるほど新皮質の占める割合が大きくなるのに対して、辺縁系の発達にはあまり差がなくなる。これは辺縁系が動物に共通な機能に関係しているからである。

実生活での応用

大脳辺縁系機能が刺激されている人は、記憶の保持と想起が助けられる。例えば、辺縁系は嗅覚機能と強い関係があるので、記憶の形成される際にコーヒーやピーナッツバターなどの(あるいは、プルーストの言うプティット・マドレーヌでも良かろうが、)容易に認識されるような芳香が存在すると、そうした記憶と芳香は結合される。そのため、同じ匂いは記憶の蘇りを促進することになる。つまり、テスト勉強中にコーヒーを淹れていたならば、テストの合間にコーヒーを飲むことによって、テストに必要な情報を思い出すことがより容易になるかもしれない。

辺縁系の病理

古典的な辺縁系障害の病態に、クリューバー・ビューシー症候群がある。これは実験動物の、扁桃体を含む両側側頭葉の切除により観察される症候群であり、精神盲、口唇傾向、性行動の亢進、情動反応の低下などが見られる。そのほかにも、統合失調症パニック障害、各種の認知症など、さまざまな疾患の病態生理に大脳辺縁系が深く関わっていることがわかってきている。

参考文献

主に英語版の翻訳による。英語版の参考文献も参照。

  • 「カーペンター・コアテキスト神経解剖学」(廣川書店)
  • 「標準生理学」(医学書院)

脚注

  1. ^ 1949, 1970