大母音推移

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大母音推移(だいぼいんすいい)とは、イングランド言語である英語の歴史上、中英語期後期(1400年代初頭)にはじまり、近代英語期(1600年代前半)に入って完了した、母音体系の一連の変化である[1]。最初に研究を行った言語学者オットー・イェスペルセンによる英語の術語Great Vowel Shiftの直訳。母音大推移ともいう[2]

概要 

英語は、中英語期に、強勢のある長母音調音位置が一段ずつ高くなり、これ以上高くなることのできない[i:][u:]はいわゆる「音の割れ」[3]を起こして二重母音化した[1]。このため、該当する英単語の発音と綴り(スペリング)とが一致しない現象の大きな原因となった。

この大母音推移以前は、英語の綴りはその発音にほぼ忠実に書かれていたため、日本におけるローマ字に近い「発音と綴り」の関係であったが、母音が変化することにより、綴りと発音との一定のずれが生じてきた。

その後、15世紀中頃以降の活版印刷の技術向上と、それに付随した書物等の文書の普及などに伴って、語の綴りは固定化される一方で、発音だけが変化を続けて、現在のようなずれがみられるようになった。

主な母音変化

  • 長母音[a:]は、二重母音→[eı]への変化。
(例:nameなど。「ナーメ」→「ネィム」。)
  • 長母音[ε:]や[e:]は、長母音[i:]への変化。
(feelなど。「フェール」→「フィール」。)
  • 長母音[i:]は、二重母音[aı]への変化。
(timeなど。「ティーメ」→「タィム」。)
  • 長母音[ɔ:]は、二重母音[]への変化。
(homeなど。「ホーメ」→「ホゥム」。)
  • 長母音[o:]は、長母音[u:]への変化。
(foolなど。「フォール」→「フール」。)
  • 長母音[u:]は、二重母音[]への変化。
(nowなど。「ヌー」→「ナウ」。)

注)

  1. 例には発音記号のほかに、それに近いカタカナ表記を併記した。ただし、英語と日本語との発音が異なるため、あくまで目安としての近似的な発音である。
  2. 例として挙げた単語は、あくまでも「例」として、現在の発音とその綴りから類推し再現したもののため、当時完全には成立していない語や、現在と意味や用法の異なる語も含まれる。
  3. 当時から英単語として存在する語のうち、語末の"e"は、現在はほとんど発音されないため、カタカナ表記もそれに従った。ただしこの現象は、「大母音推移」の部分とは関連のない変化である。

ea, oa はそれぞれ e, o の広音を表していた。

原因

わずか200~300年という短期間に驚異的な速さで変化が起きた原因は特定されておらず、現在も謎のままであるが、黒死病により少数の知識階級の人々が死んだため、大多数を占める下層階級の人々の間で使われていた発音が表に出てきたという説もある。

参考文献

  1. ^ a b 寺澤盾『英語の歴史 過去から未来への物語』中央公論新社、2008年、104-109頁。ISBN 9784121019714 
  2. ^ 『現代英語学辞典』石橋幸太郎(編集代表)(初版)、成美堂、1973年1月、672頁。 
  3. ^ 『現代英語学辞典』石橋幸太郎(編集代表)(初版)、成美堂、1973年1月、134頁。 

関連項目