千羽鶴 (小説)
『千羽鶴』(せんばづる)は、川端康成の小説。1949年(昭和24年)から1951年(昭和26年)にかけていくつかの雑誌に分散発表の形で6回にわたって書かれた。
概要
志野焼の茶碗の感触と幻想から生まれた、超現実の美的世界が繰り広げられる。ヒロインは大田夫人であるが、志野が主役であるかのごとくに幻想的に描かれており、妖気すら感じさせる背徳的世界を描きながら、人間の愛欲と志野の名器、そして死の世界とが輻輳し、美の絶対境を余すところなく現出させた、川端独自の内面世界を窺い知ることのできる名作である。
特に、志野の白い湯のみに死んだ未亡人の口紅らしき染みが残ったのを菊治が見て、様々に思いをめぐらせるあたりの官能的な描写に、川端らしさが刻み込まれている。
続編は『波千鳥』(はまちどり)の題で書かれている。
あらすじ
鎌倉の円覚寺の茶会の席で、今は亡き情人の面影を宿すその息子、菊治に妖しく惹かれる主人公の中年女性・太田夫人は、あらゆる世俗的関心から開放され、どちらから誘惑したとも抵抗したともなく夜を共にする。
太田夫人には、菊治の父と菊治の区別すらついていない。菊治もまた、素直に別世界へ誘い込まれる。菊治には、夫人は人間ではない女とすら見える。人間以前の女、または人間最後の女とも感じさせる。太田夫人の亡き後、菊治は艶な志野の肌を見るにつけ、太田夫人を女の最高の名品であったと感じる。
構成
『雪国』や『山の音』同様、『千羽鶴』もまた最初から起承転結を持つ長編としての構想がまとめられていたわけではなく、連作として書き継がれ、終章のないそれぞれが独立した短編の積み重ねとして書かれており、一章ずつが完結した密度を持つ。
- 千羽鶴
- 森の夕日
- 絵志野
- 母の口紅
- 二重星
志野焼
『千羽鶴』で重要な役割を演じている志野焼は、尾張・美濃に産した陶器で、室町時代の茶人・志野宗信が美濃の陶工に命じて作らせたのが始まりであるとも、今井宗久が始めたとも伝わり、文禄・慶長を盛期とする。茶器が多く、白釉を厚く施し、釉下に鉄で簡素な文様を描いた絵志野をはじめ、鼠色の鼠志野、赤志野、紅志野、無地志野などがあり、それぞれ雅趣豊かで独創性に富む。