利潤率の傾向的低下の法則

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利潤率の傾向的低下の法則(りじゅんりつのけいこうてきていかのほうそく、law of the tendency of the rate of profit to fall, Gesetz des tendenziellen Falls der Profitrate)とは、マルクス経済学における資本主義経済の法則の一つ。

概要

資本家剰余価値不変資本により多く振り分けると、資本の有機的構成が高度化する。総資本に対する剰余価値の率は低下する。すなわち、利潤率は必然的に低下する。これを利潤率の傾向的低下の法則と呼ぶ。マルクスは、これを『資本論』第3巻第3編で論じている。

具体的に、不変資本を可変資本、剰余価値を、利潤率をとおくと、

という関係が成り立ち、資本の有機的構成が高度化すると、剰余価値率が一定である限り、は低下することがわかる。

ただし、ポール・スウィージージョーン・ロビンソンなどは、労働生産力の向上は、の増加とともにも上昇させるため、利潤率は低下するとは限らないし、上昇するとも限らないという不定説を展開した[要出典]。これに対しては次のような説明がされる。

労働生産力の向上は、生きた労働死んだ労働(対象化された労働)に対して減少するのであるから、

という関係をもたらす。これは、賃金が0のときの利潤率、つまり利潤率の上限が減少傾向を示すということであり、短期的には利潤率が上昇しても、長期的にはやはり低下する。

なお、利潤率が常に低下するわけではなく、低下傾向に反対に作用する要因もあり、長期的に見れば利潤率は低下する、ということから、マルクスは利潤率の低下を「傾向的低下」と呼んだ。

この法則を数理的に詳しく研究した者に柴田敬置塩信雄がいる。彼らの発見した定理は、柴田=置塩の定理、または置塩の定理と呼ばれる。この分析はローザンヌ学派の手法を用いており、多分に新古典派的であると言われる。

置塩の定理について

置塩信雄はマルクスが展開した「利潤率の傾向的低下法則」が成立しないことを次の根拠を基に展開して、数年後に根岸隆が同様なことを述べて論争になった。その根拠とは下記の通りである。 実質賃金一定のもとで、各資本家が「コスト基準」に基づいて新技術を導入すれば最大可能利潤率は決して低下することはなく、最大可能利潤率は決して低下しなくなり、従ってこの法則自体成り立たない。 「コスト基準」に基づく新技術の導入は平均利潤率を必ず上昇させる。これが「置塩の定理」である。その最初の論文が置塩信雄 「利潤率の傾向的低落の法則」(遊部久蔵ほか編 「資本論講座」第4巻,青木書店,1964年)。Nobuo Okishio."Technical Changes and the Rate of Profit",Kobe University Economic Review, 7, 1961

置塩の定理の誤謬批判

この命題には証明されるべき結論の仮定そのもののなかに前提されているばかりではなく、その仮定額が現実経済の抽象として合理性を持ち得ないのである。この手法に疑義を唱えたのはベン=ファイン(Ben Fine)である。ファインは下記のように語る。「投入財と産出高との間に在って内基となる技術的関係を与えられた物とした上で、均一水準の賃金、価格および利潤といった、さまざまな範疇が算定されるところの技術的関係と相並んで、既に前提とされている」B.Fine,Theories of the Capitalist Economy, 1982, pp.112-113(見野貞夫訳「資本制経済の諸理論」多賀出版,1984年,162~163ページ 故に置塩の定理が同義反復だとする根拠である。また、数理経済学者が陥りやすい数学的に正しければ経済学的にも正しいという錯覚である。

論争

柴田=置塩定理には古くからその論法に対して同義反復とする等の批判がある。また、置塩は自身の論文「国民経済雑誌」「利潤率の傾向的低下の法則について」1963年5月号において「利潤率を低下させる最大の要因は実質賃金率の上昇であり、この実質賃金率の上昇にもかかわらず、資本の利潤率を維持上昇させる最大の要因は革新的技術変化の導入である。」と述べている。これは明らかにリカードの理論そのものであるが、後に『経済学と現代の諸問題』ではこれに否定的な結論を出している。また、この法則が成立することが可能であることを証明したのは富塚良三の1954年の福島大学商学論集第22巻第5号の論文(「利潤率の傾向的低下法則」と恐慌の必然性に関する一試論)のちに1965年「蓄積論研究」未來社およびRoman Rosidolsky. "Zur neueren Kritik des Marxschen Gesetes der fallenden Profitrate" Kyklos,vol.Ⅱ.1956がある。 置塩信雄富塚良三、および近代経済学者根岸隆などが論争を行って、一定の論争に発展して、久々にマルクス経済学現代経済学との論争が期待された。また、置塩説を支持する研究者と富塚説を支持する研究者をも巻き込んでの論争にも発展していた。しかし、置塩の死去、根岸の態度保留などを見ても論争が冷めてしまった感がある。

その他

  • マルクス経済学者の中には、ここ150年間の統計から見ても、利潤率低下は実証できていないとする説もある(水谷謙治『新経済原論』有斐閣、1994年、106頁。また、資本主義に特有の傾向ではない、とする)。しかし、この法則は実証するものではなく、あくまで法則として論証することが重要なことを忘れてはならない。
  • 景気循環の中に位置づければ、恐慌によって過剰資本が価値破壊され、生産力が削減されれば、利潤率は回復する。利潤率の傾向的低下とは150年にもわたるような現象ではなく、好況から恐慌にいたるまでの現象である。これが傾向、法則ということの意味である。

参考文献

  • カール・マルクス 『資本論』第3巻第3編
  • 置塩信雄 「利潤率の傾向的低落の法則」遊部久蔵ほか編 『資本論講座』第4巻、青木書店、1964年。
  • Nobuo Okishio."Technical Changes and the Rate of Profit",Kobe University Economic Review, 7, 1961
  • B.ファイン 『資本制経済の諸理論』 見野貞夫訳、多賀出版、1984年。
  • 富塚良三 『蓄積論研究』 未來社、1965年。
  • Roman Rosidolsky. "Zur neueren Kritik des Marxschen Gesetes der fallenden Profitrate" Kyklos,vol.Ⅱ.1956
  • 水谷謙治 『新経済原論』 有斐閣、1994年。
  • 柴田敬 『経済の法則を求めて - 近代経済学の群像』 日本経済評論社、1987年。

関連項目