作用素ノルム
数学の分野における作用素ノルム(さようそのるむ、英語: Operator norm)とは、線形作用素の大きさを測る際に用いられるある種の指標のことを言う。より正式には、与えられた二つのノルム線形空間の間の有界線形作用素からなる空間上に定義されるノルムのことを言う。
導入と定義
与えられた二つのノルム線形空間 V および W (実数体 R あるいは複素数体 C のいずれかを共通のものとする)に対して、線形作用素A : V → W が連続であるための必要十分条件は
を満たすような実数 c が存在することである(左辺のノルムは空間 W におけるもので、右辺のノルムは空間 V におけるもの)。したがって直感的に、そのような連続作用素 A はどのようなベクトル に対してもそれを係数 c 倍を越えて「延長する」ようなことはしない、ということが分かる。このことから、連続作用素による有界集合の像はふたたび有界集合となることが分かる。この性質より、連続線形作用素は有界作用素としても知られている。
上の不等式を満たすような実数 c のうち最小のものを、作用素 A の「大きさ」として定義することは自然であるように思われる。したがって作用素 A の作用素ノルムは
により定義される(そのような c からなる集合は閉かつ有界であり、空でないため、上式の右辺は必ず存在する)。
例
すべての実 行列は、空間 Rn から空間 Rm への線形作用素である。記事「ノルム」に記載されているように、それらの空間上ではさまざまなノルムの定め方が存在する。それらの定め方に応じて、作用素ノルムは定義され、したがってすべての実 行列からなる空間上にノルム(その作用素ノルム)が定義されることになる。そのような作用素ノルムの例は、記事「行列ノルム」に記載されている。
両空間 Rn および Rm のノルムとしてユークリッドノルムを採用した場合、行列 A の作用素ノルム(行列ノルム)は、行列 A*A の最大固有値の平方根として得られる(ここで A* は行列 A の共役転置行列を表す)。この値は行列 A の最大特異値と等しい。
続いて、典型的な無限次元の例として、数列空間
について考える。この空間は、ユークリッド空間 Cn の無限次元の相似であるとみなされる。有界数列 を、 の元でノルムが
で定められるものとする。作用素 Ts を単純な掛け算
で定めたとき、そのような作用素 T s は、作用素ノルムが
で与えられるような有界作用素である。この議論は空間 l 2 をより一般的な空間 Lp ( p > 1)とし、空間 l∞ を空間 L∞ に置き換えても同様に成立する。
同値な定義
作用素ノルムの定義として、次のようないくつかの同値な定義が存在する:
性質
作用素ノルムは、空間 V と空間 W の間のすべての有界作用素からなる空間上のノルムとなる。すなわち
が成立する。
作用素ノルムの定義より、次の不等式がただちに得られる:
作用素の合成あるいは積について、空間 V、 W および X を、共通の体を持つ三つのノルム線形空間とし、作用素 A : V → W および B: W → X を二つの有界作用素としたとき
が成り立つ。空間 V 上の有界作用素に対して、このことは作用素の積が共同で連続(jointly continuous)であることを意味する。
定義より、作用素からなる数列が作用素ノルムにおいて収束することは、それらが有界集合上で一様収束することを意味する。
ヒルベルト空間上の作用素
空間 H を実あるいは複素ヒルベルト空間であるとする。もし作用素 A : H → H が有界線形作用素であるなら
および
が成立する。ここで A* は作用素 A の共役作用素を表す(それは標準内積を持つユークリッドヒルベルト空間における、行列 A の共役転置行列に対応する)。
一般的に、作用素 A のスペクトル半径 は、作用素ノルム により上から評価される。すなわち
が成り立つ。この等号がなぜ常に成立しないのかということを理解するために、有限次元の場合の行列のジョルダン標準形について考える。その優対角成分は非ゼロであることが考えられるため、等号は成立しない可能性がある。そのような例の一つとして、準冪零作用素が挙げられる。ゼロでない準冪零作用素 A のスペクトルは {0} であるため、スペクトル半径は ρ(A) = 0 となるが、このとき作用素ノルムに対しては ||A||op > 0 が成立する。
しかし、もし行列 A が正規行列であるなら、そのジョルダン標準形は対角行列である(ユニタリ同値性にまで議論は及ぶ)。これはスペクトル定理として知られ、この場合
が成立することが分かる。
そのようなスペクトル定理は、より一般的な正規作用素の場合へと拡張され、上の等式は任意の正規作用素 A に対しても同様に成立する。以上の議論および関係式は、有界作用素 A が与えられたときにその作用素ノルムを計算する際に、しばしば利用される。すなわち、エルミート作用素 H = A*A を定義し、そのスペクトル半径を計算し、その平方根を計算することで、そのような作用素ノルムを得る、という方法が利用可能となる場合がある。
空間 H 上の有界作用素からなる空間(作用素ノルムにより導かれる位相を伴う )は、可分でない。例えば、ヒルベルト空間 L2[0,1] を考え、0 < t ≤ 1 に対して Ωt を特性関数とし、Pt を Ωt により与えられる乗算作用素、すなわち
とする。このとき、各 Pt は有界で、その作用素ノルムは 1 であり
が成立する。しかし集合 {Pt} は非可算であるため、空間 L2[0,1] 上の有界作用素からなる空間は作用素ノルムに対して可分でないことが分かる。この結果は同様に数列空間 l ∞ が可分でないという事実にも対応される。
ヒルベルト空間上の有界作用素からなる集合は、作用素ノルムおよび共役演算を伴い、C*-代数をなす。
関連項目
参考文献
- Conway, John B. (1990), A course in functional analysis, New York: Springer-Verlag, p. 67, ISBN 0-387-97245-5