ルイージ・サバテッリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Fuusenn (会話 | 投稿記録) による 2020年5月29日 (金) 00:03個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (it:Luigi Sabatelli 13:39, 28 gen 2020‎ と en:Luigi Sabatelli 20:32, 16 February 2020‎ から抜粋)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
ルイージ・サバテッリ
Luigi Sabatell
ブレラ邸館にあるサバテッリの胸像
誕生日 1772年2月21日
出生地 イタリア,フィレンツェ
死没年 1850年1月29日
死没地 イタリア,ミラノ
テンプレートを表示

ルイージ・サバテッリ(Luigi Sabatelli、1772年2月21日 - 1850年1月29日)はイタリアの画家、版画家である。ミラノのブレラ美術アカデミーの教授も務めた。

略歴

フィレンツェで生まれた。フィレンツェの美術学校(Accademia di belle arti di Firenze) で学んだ。ドミニク・アングルに影響を受けた新古典派からロマン主義へ移る時代の画家である。

ピッティ宮殿の装飾画

フランス帝国の衛星国家、エトルリア王国の王妃、マリーア・ルイーザ・ディ・スパーニャ宮廷画家となり、フィレンツェのピッティ宮殿やフィレンツェの教会の装飾画を描いた。版画家としても聖書を題材にした作品やペストの流行を描いた作品で知られている。

1808年から、亡くなる1850年までミラノブレラ美術アカデミーで教授を務めた[1]。教えた画家には Carlo Arienti, Giuseppe Sogni, Luigi Pedrazzi, Giuseppe Penuti, Michelangelo Fumagalli, Giacomo Marinez, Girolamo Daverio Luzzi, Giulio Arrivabene, Alessandro Duriniらがいる[2]

息子のガエターノ・サバテッリ(Gaetano Sabatelli:1820–1893) も画家になった。

作品

脚注

  1. ^ *Caimi, Antonio (1862). Delle arti del designo e degli artisti nelle provincie di Lombardia dal 1777-1862. Milan, Italy: Presso Luigi di Giacomo Pirola. pp. 62. https://books.google.com/books?id=W_FYAAAAYAAJ 
  2. ^ Caimi, page 54.

参考文献

  • Piero Bargellini, Luigi Sabatelli generoso maestro di vita e d'arte, in Id., Caffè Michelangiolo, Firenze, Vallecchi Editore, 1944, pp. 57-93.