タッター

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世界遺産 タッターの文化財
パキスタン
マクリーの丘
マクリーの丘
英名 Historical Monuments of Thatta
仏名 Monuments historiques de Thatta
登録区分 文化遺産
登録基準 (3)
登録年 1981年
公式サイト 世界遺産センター(英語)
使用方法表示

タッターウルドゥー語: ٹھٹہ, シンド語:ٺٽو )は、パキスタンシンド州にある人口22,000人の歴史的な都市である。「タッターの文化財」として、1981年に、世界遺産に登録された。

14世紀以来、タッターは、低シンド地域の首府として機能し、1592年には、ムガール帝国の支配下に入った。1739年に、ナーディル・シャーイランよりインドへ侵攻するとタッターは陥落すると同時に放棄されるにいたった。

ジャーマー・モスクを含むタッターの文化財は、1647年から1649年にかけて、シャー・ジャハーンの手によって建設され、釉薬が掛かったタイルを特色とする。また、1461年から1509年にかけてタッターを統治したジャーム・ニザームッディーンやムガル帝国の役人の墓もタッターにはあり、加えて、数千の墓を持つ広大な共同墓地がマクリーの丘(en:Makli Hill)の近くに見つかっている。

タッターの中心地には、シャー・ジャハーンが建設したバードシャーヒー・モスクがある。このモスクは101のドームによって構成され、拡声器などの道具なしでもこのモスクの随所でイマームの声が届くように設計されている。

また、タッター近辺にはキーンジャルと呼ばれる美しい湖があり、カラチから多くの人々が週末にはこの湖を訪れる。

世界遺産登録基準

この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。