POiSON GiRL FRiEND
POiSON GiRL FRiEND | |
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別名 | ポイズン・ガール・フレンド、nOrikO |
出身地 | 日本,東京都 |
ジャンル | インディー・ポップ |
活動期間 | 1989年 - |
レーベル |
Psychoplanet ビクターエンタテインメント (1991-1992) 日本コロムビア (1993-1994) |
公式サイト | http://www.psychopla.net |
POiSON GiRL FRiEND (ポイズン・ガール・フレンド)は、日本の音楽ユニット・女性ミュージシャン。1990年の活動開始初期には The Poison Girl Friend, Poison Girl Friendsとして、複数メンバーからなるユニットであったが、1991年末以降、一貫してnOrikOによるソロユニットであり、現在では一般にはそのnOrikOの別名として用いられている。本項目ではPOiSON GiRL FRiENDの名義によるものか否かにかかわらず、nOrikOを統合した形で記載する。ユニット名はモーマスのアルバム、"ポイズン・ボーイ・フレンド” から[1]。
表記
英米のサイトでは Poison Girlfriend と表記されることがあるが[2]、[3]アルバム等公式資料ではPoison Girl Friend と3語で表記。また公式には、iのみ小文字を他を大文字とした POiSON GiRL FRiEND が用いられている。業界ではしばしばPGFの略記が用いられることがある。日本語ではカタカナ表記では「ポイズン・ガール・フレンド」と"・"(中黒)2つ。また人名についても nOrikOとOのみを大文字にする表記が公式のもの。ただしこれら表記のゆれに関しては公式、準公式の資料などでもそれほど厳密ではない。
来歴
- 1988年 シンガー・ソング・ライターとしてポリドールと契約[4]
- 1989年 The POiSON GiRL FRiENDとしてライブ活動を開始。
- 1990年より 六本木のParadisso、白金台のGiger Bar でアンビエントDJとして活動。
- 1991年 Poison Girl Friendsとして自主制作初アルバム”Poison Girl Friends” をリリース(Psycho Planet Communicaitons)。この時のメンバーはnOrikO & 小雪結華。
- 初期のインディーズ時代の活動に参加、共演した藤本敦夫、橋本一子、斎藤ネコ、大津真、江藤直子、菊地成孔、西村雄介、白井嘉一郎、渡辺等、BABY TOKIOらのミュージシャンの多くとは現在に至るまでコラボレーションが続く。
- 1992年 ビクター、エンドルフィンレーベルより、MELTING MOMENTをリリースしメジャーデビュー。同アルバムにはCMJK、斎藤ネコ (斎藤ネコカルテット)、大津真、磯貝健らが参加している。
- このころよりクラブに依拠した活動も多く、川崎クラブチッタで The Shamen のオープニング・アクトに出演。Nobby uno、DJ WADA 、 Heigo Taniらと結成したユニットDark Eyed Kid名義では、Justin Robertson や William OrbitがDJとして参加した西麻布のイエローのイベントで初ライブを行なった(William Orbitはキーボードとしても参加)。またCutemenのミニアルバムにゲスト参加。
- 1993年 コロムビアに移籍。モーマスのプロデュースにより、Shynessを、続いて同年にミニアルバムMr. Polyglot Remixをリリース(いずれもロンドン録音)。同年、Dark Eyed Kid名義ではSpiralよりダンスミュージック系のAngelic Houseをリリース。
- 1994年 Love me をリリース(コロムビア)。自らプロデュースを担当し東京でレコーディ ングすることで「前作であまりにも色濃かった"モーマス色”の払拭」を図る[5]。
- 1996年より 自主レーベル Psychoplanet に依拠して、NObby uNOとのダンスミュージックユニット Kiss-O-Matic として活動、アルバムをリリース: circularhythm(1996)、Sambanista! (1997)、St. Angelique(1997)
- 2000年 〜 2004年 フランス在住。ライブ活動の傍ら、コーディネーションやCM音楽の分野で活躍。
- 2005年に帰国し、ライブやDJで主に活動。
- 2014年、POiSON GiRL FRiEND としては20年ぶりのアルバム rondoElectro をリリース。未発表旧作リマスタリングトラックも含めて参加ミュージシャンにはヲノサトル、大津真(Giulietta Machine)、サカエコーヘイ(COOOK)、高橋コウジ(高橋嵐)(タカハシテクトロニクス)、ハゼモトキヨシ(Sigh Society)、福間創 (Soyuz Project) 、ツキノワリョータ (リハビリ)、藤本敦夫、Picorin (ex Cutemen)、加藤みちあき、ツネマツマサトシ、西村雄介、宇野正展ら。[6]
- 2018年、 エレクトロニクス系のミュージャンとの書下ろし新曲8曲と、PIL/Poptonesのカバー(CD only)を収録したアルバム das Gift を Nekon Records からリリース。参加メンバーは、 DJ WADA、Kiyoshi Hazemoto(Sigh Society)、 Kouji Takahashi(Palomatic)、Kohei Sakae、AE35、696SystemS、Moyuru。
ディスコグラフィー
アルバム
POiSON GiRL FRiEND
- POiSON GiRLFRiENDS(Psycho Planet Communications, 1991)
- MELTING MOMENT(ビクターエンタテインメント、1992)
- Shyness(日本コロムビア、1993)
- Mr. Polyglot Remix(日本コロムビア、1993)
- LOVE ME (日本コロムビア、1994)
- rondoElectro (Psychoplanet, 2014)
- das Gift (Nekon Records, 2018)
Dark Eyed Kid
- Angelic House (Spiral, 1993)
Kiss-O-Matic
- circularhythm(Psychoplanet, 1996)
- Sambanista! (Psychoplanet, 1997)
- St. Angelique(Psychoplanet, 1997)
Kiss-O-Matic Remix
- Tea 4 you (Track 4 me) from circularhythm Remixed by DJ WADA(Psychoplanet, 12inch Vinyl )
- Kiss-O-Matic / Make a Miracle(DJ SHINKAWA'SSSS Remix) from Sambanista by DJ SHINKAWA(Psychoplanet, 12inch Vinyl )
参加アルバム
- Hysteric Ball Room vol2 (Dark Eyed Kid名義、東芝EMI,1993)
- Les jours de vacances en Provence : (NORIKO名義、Portazul, 1994)
- Tribute to NEW WAVE (PGF名義、For the independent magazine “MEGABANK” 、1995)
- TASTE OF SWEET LOVE V/A : Heidi 5(TRYCLE, 1997)
- Voice From Tokio (hoarfrost feat.nOrikO名義、Limited Records, 2000)
- Hub Compilation Album (Kaz Mashino feat. POiSON GiRL FRiEND, Nekon Records, 2016)
脚注
- ^ Remix Magazine, 1993年7月号 インタビュー
- ^ | BBC Playlister - Poison Girlfriend
- ^ | last.fm - Poison Girlfriend
- ^ “POiSON GiRL FRiEND再始動!テクノポップ All About” (2014年7月10日). 2014年7月14日閲覧。
- ^ 流行通信1995年2月号
- ^ “<90年代のテクノ・ブームが再燃?>ポイズン・ガールフレンドが20年ぶりのニューアルバム Japan In-Depth” (2014年6月14日). 2014年6月15日閲覧。