GRB 970228

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GRB 970228
ハッブル宇宙望遠鏡による画像
仮符号・別名 GRB 970228
星座 オリオン座
分類 ガンマ線バースト[1]
発見
発見日 1997年2月28日 02:58 UTC
発見者 ベッポサックス
観測時間 80 秒
位置
元期:J2000.0[1]
赤経 (RA, α)  05h 01m 46.7s[1]
赤緯 (Dec, δ) +11° 46′ 53″[1]
赤方偏移 0.695[1]
視線速度 (Rv) 144,982 km/s[1]
距離 8.123×109 光年[2]
物理的性質
総エネルギー出力 5.2×1044 J
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GRB 970228は、初めてアフターグローが観測されたガンマ線バーストである[3]。1997年2月28日2時58分(UTC)に発見された。1993年以降、ガンマ線バーストの後に低いエネルギー(電波X線可視光等)のアフターグローが続くことは予測されていたが、GRB 970228の出現まで、ガンマ線バーストは高エネルギーのガンマ線による高光度のバーストとしてのみ観測されていた。

このバーストは、光度曲線に複数のピークを持ち、約80秒間続いた。GRB 970228の光度曲線の特性は、超新星が同時に発生していることを示唆していた。バーストが発生した地点は、赤方偏移がz=0.695となる81億光年かなたの銀河であり[2]、ガンマ線バーストが銀河系以外でも発生しているという証拠にもなった。

観測

ガンマ線バーストは高光度のガンマ線の閃光であり、宇宙で最もエネルギーの大きい電磁波の放射である。1967年に核爆発を検出するために設計された人工衛星ヴェラによって初めて観測された[4]

GRB 970228は、1997年2月28日2時58分(UTC)に、元々X線を研究するために設計された[5]人工衛星ベッポサックスに搭載されたガンマ線バーストモニターと広域カメラによって初めて観測された[6][7]。数時間のうちに、ベッポサックスの運用チームは、誤差3分の範囲でバーストの地点を特定した[7]。バーストはユリシーズでも検出された[8]

約80秒間続き、光度曲線には複数のピークがあった[9]。ガンマ線バーストは、非常に様々な時間経過を持ち、また複数のピークを持っていたり単一のピークを持っているガンマ線バーストがなぜ存在するのかについても十分分かっていない。1つの可能な説明は、複数のピークはガンマ線バーストの源が歳差運動しているためとするものである[10]

アフターグロー

1993年、ボフダン・パチンスキとジェームズ・ローズは、ガンマ線バーストを発生させる爆発の種類に関わらず、そのエネルギーの大きさから、爆発の際、元の恒星から相対論的速度で物質が放出されているという論文を発表した。彼らは、放出された物質と星間物質の相互作用で衝撃波面が形成されることを予測した。この衝撃波面が磁場の中にできると、その中で加速された電子が長く続く電磁波放射光を発し、これが後にアフターグローとして観測される[11]。ジョナサン・カッツは、後にこの低エネルギーの放射は電波に限定されず、X線から可視光にまでの範囲に及ぶと結論付けた[12]

ベッポサックスに搭載された狭域観測機器は、検出から8時間後にGRB 970228の位置の観測を開始し[9]、バースト以降、冪乗則に則って明るさが減じていく一時的なX線源が発見された。このX線は、初めて検出されたガンマ線バーストのアフターグローであった[7]。冪乗則による減光は、現在ではガンマ線バーストに共通の性質だと考えられているが、寿命における開始時期やその速度には多様性がある[13]

3月1日と8日にウィリアム・ハーシェル望遠鏡アイザック・ニュートン望遠鏡を用いてGRB 970228の光学画像が撮影された。その画像の比較により、可視光と赤外線の両方で光度が減少していることが明らかとなった[14]。これはバーストの光学アフターグローであった。予測された電波アフターグローは、このバーストでは確認されなかった[15]。このバーストの発見時点では、ガンマ線バーストは放射光を等方的に出すものと考えられていたが、このバーストや他のいくつか(GRB 970508やGRB 971214等)からのアフターグローは、ガンマ線バーストは放射光を平行ジェットとして放出し、バーストからの合計放出エネルギーを数桁下げているという証拠となった[16]

超新星との関係

質量の大きな恒星が超新星爆発し、崩壊してブラックホールとなり、回転軸に沿ってガンマ線バーストを放出するまでの生涯のイメージ図Credit: Nicolle Rager Fuller/NSF

シカゴ大学のダニエル・ライチャートとアムステルダム大学のティトゥス・ガラマは、それぞれ独立にGRB 970228の光度曲線を分析し、ホスト星はガンマ線バーストが発生した数週間前に超新星爆発を起こしているという結論に達した[17][18]

ガラマは、その光度が時間によって異なった速さで減少していることを発見した。3月6日から4月7日は、その前後に比べて光度の減少が遅かった。ガラマは、前半の光度曲線はバーストそのものによるもので、後半はIc型超新星爆発によるものだと結論付けた[19]。ライチャートは、後半のアフターグローは、前半よりもより赤みがかっており、観測結果は、当時信じられていたガンマ線バースト機構の相対論的火球モデルと相容れないと記している。彼はまた、同じような性質を持つガンマ線バーストとして唯一GRB 980326があるとしており[18]、これについては既にジョシュア・ブルームが超新星との関係を指摘している[20]

GRB 970228とGRB 980326の光度曲線の別の説明としては、塵による光エコーが考えられる。GRB 980326については、この可能性を排除するほど十分な情報が得られていないが、ライチャートは、GRB 970228の光度曲線は超新星以外では起こりえないことを示した[21]。ガンマ線バーストと超新星を結びつける直接的な証拠は、後にGRB 020813のスペクトル[22]GRB 030329のアフターグロー[23]から得られた。しかし、超新星的な性質は、バーストの数週間後にのみ現れており、初期の光度の変化は光エコーで説明される可能性も残っている[24]

ホスト星

3月12日と13日の夜、ジョージ・メルニックは新技術望遠鏡を用いて観測を行い、バーストの位置に、遠い銀河と考えられる暗い星雲を発見した。バーストとこの銀河が無関係であるという可能性はわずかに残るものの、それらの位置の一致は、このガンマ線バーストが銀河系内ではなく遠い銀河で発生したものであるという強い証拠になる[25]。この結論は後に、赤方偏移が初めて測定されたGRB 970508の観測によって支持された[26]

バーストのアフターグローの位置は、ホスト星の重心からある程度離れており、バーストが活動銀河核で発生したものではないことを示している。銀河の赤方偏移は、後にz=0.695と測定され[15]、これは8.123×109光年の距離に相当する[2]。この距離でガンマ線バーストが等方的に発生したとすると、合計エネルギーは5.2×1044Jとなる[27]

脚注

  1. ^ a b c d e f SIMBAD Astronomical Database”. Results for GRB 970228. 2016年9月25日閲覧。
  2. ^ a b c Преобразование красного смещения в расстояние осущнствлено с помощью он-лайн инструмента
    Wright, Edward L. (2008年5月9日). “Ned Wright's Javascript Cosmology Calculator”. UCLA Division of Astronomy & Astrophysics. 2010年6月11日閲覧。
  3. ^ Schilling 2002, p. 101
  4. ^ Schilling 2002, pp. 12–16
  5. ^ Schilling 2002, pp. 58–60
  6. ^ Varendoff 2001, p. 381
  7. ^ a b c Costa 1997b
  8. ^ Hurley 1997
  9. ^ a b Costa 1997a
  10. ^ Zwart 2001
  11. ^ Paczy?ski 1993
  12. ^ Katz 1994
  13. ^ Panaitescu 2007, §2
  14. ^ Groot 1997
  15. ^ a b Bloom 2001
  16. ^ Huang 2002
  17. ^ Schilling 2002, p. 173
  18. ^ a b Reichart 1999
  19. ^ Galama 2000
  20. ^ Bloom 1999
  21. ^ Reichart 2001
  22. ^ Butler 2003
  23. ^ Stanek 2003
  24. ^ Moran 2005
  25. ^ Schilling 2002, p. 102
  26. ^ Reichart 1998
  27. ^ Djorgovski 1999

出典

外部リンク