検索結果

(前の20件 | ) (20 | 50 | 100 | 250 | 500 件) を表示
  • 男色(なんしょく)とは、男性同士の性愛(男性同性愛)を指す言葉である。女色(女性の異性愛)の対語に相当する。発音は異なるが中国伝来の言葉であり、朝鮮半島でも用いられる。日本に入ってきてからは寺院や武家社会、歌舞伎の世界などで独自に発展を遂げた(衆道参照)。 古代ギリシャのアテナイなどにおいて、男色(…
    4キロバイト (369 語) - 2023年3月11日 (土) 04:31
  • 肛門性交(こうもんせいこう、英: anal sex  聞く[ヘルプ/ファイル]、アナルセックス)は男性器(陰茎)または性具を肛門・直腸へ挿入する行為。『創世記』のソドムの誤まった解釈により派生した語のソドミーと呼ばれることもある。 同性愛においては男性器同士では挿入することが出来ないため、肛門性交が用いられる。…
    23キロバイト (3,584 語) - 2024年4月30日 (火) 09:23
  • 不良とされている。硬派は壮士や侠客を気取って常に体を鍛え、漢籍を好んで天下国家を論じ、議論が折り合わなければ腕力で解決した。初期の硬派は士道に倣って女色を卑しむべきものとして排し、美少年に接近して稚児の関係を結び、他の硬派と争った。 いわゆる番長や戦前の旧制高校などにおけるバンカラもこの一種とされる…
    4キロバイト (616 語) - 2023年8月8日 (火) 22:55
  • 好色(こうしょく) 美しい容姿 ⇒ 美女。 女色を好むこと(女性を好むこと)、色好みの男。 色好みの女 ⇒ 遊女。 作品名 芥川龍之介の短編 ⇒ 好色 (芥川龍之介) 三島由紀夫の短編 ⇒ 好色 (三島由紀夫) 井原西鶴の作品 好色一代男 好色五人女 好色一代女 好色盛衰記 ^ a b c 広辞苑第五版…
    736バイト (136 語) - 2021年8月2日 (月) 06:10
  • 劉聡のサムネイル
    以外は異母兄弟)。長兄の劉和を殺害して帝位を継ぐと、八王の乱と異民族の流入により疲弊した西晋を滅ぼし(永嘉の乱)、華北に覇を唱えた。その一方、次第に女色に耽って政治を顧みなくなり、数多くの忠臣を殺害して佞臣を重用した。これにより大いに国力を疲弊させ、漢帝国崩壊の原因を作った。…
    82キロバイト (17,697 語) - 2024年3月15日 (金) 02:21
  • 少年愛のサムネイル
    他方、戦士社会や支配階層における制度的範型としての少年愛とは別に、これもまた範型のヴァリエーションであるが、女色を禁じられた仏教僧侶と寺院に仕える僧侶見習いとも言える「稚児」とのあいだの少年愛関係が古くから存在した。 男色は女色と対になる言葉で、「色の道」は単に肉体的な関係だけではなく、精神的な関係も含み、稚児との男…
    35キロバイト (5,292 語) - 2024年5月7日 (火) 15:32
  • なお、大友義鎮が嫡男・義統に天正12~13年(1584年~1585年)頃に送ったと推定される書状の中で、親守を宇目村という場所に派遣したが、折を見て持ち場を離れてしまう。原因は女色家であるためで、大友家存亡の時にこれでは困る、と記されたものが存在する。 [脚注の使い方] ^ 通称は主計。寿閑、浄閑とも。清田鎮忠の婿養子・凉泉院…
    4キロバイト (588 語) - 2022年12月14日 (水) 08:20
  • 中山義秀のサムネイル
    1955 『生きた愛した死んだ』池田書店 1955 『青葉の恋』東方社 1955 『日本の美しき侍』徳島書房 1955 『平手造酒』春陽文庫 1955 『女色』東方新書 1956 『戦国武将録』角川小説新書 1956 『続・新剣豪伝』新潮社(小説文庫) 1956、のち新潮文庫 『塚原卜伝』大日本雄弁会講談社…
    11キロバイト (1,422 語) - 2024年2月16日 (金) 23:40
  • 陰間茶屋のサムネイル
    売色衆道は室町時代後半から始まっていたとされるが、江戸時代に流行し定着した。江戸で特に陰間茶屋が集まっていた場所には、東叡山喜見院の所轄で女色を禁じられた僧侶の多かった本郷の湯島天神門前町や、芝居小屋の多かった日本橋の芳町(葭町)がある。京では宮川町、大坂では道頓堀などが有名だった。江戸に…
    4キロバイト (644 語) - 2024年2月21日 (水) 15:06
  • 当時の人物としては普通に衆道のたしなみもあった。光圀は政治を例えて「男色ではなく女色のようにしなければならない」と言った。女色は両方が快楽を得るが男色は片方だけ快楽であり片方にとっては苦痛でしかない。政治は女色のように為政者も民も両方が快楽を得るようにしなくてはならないという意味である。…
    55キロバイト (9,122 語) - 2024年5月11日 (土) 15:12
  • 一族は朝廷の中心から去り、孝武帝が成長したこともあって親政するようになり、弟の会稽王司馬道子がそれを補佐する体制がとられた。しかし孝武帝は次第に酒と女色に溺れて国政を省みなくなり、遂には酒の飲みすぎでアルコール中毒に陥り、宮殿の奥に入ったまま酒を飲み続けて醒める時が無く、外部の者と接触すらしなくなっ…
    7キロバイト (1,037 語) - 2023年12月25日 (月) 03:17
  • す竜神を滝壷(志明院)に封印してしまう。それからというもの雨の降らぬ日が続き、やがて国中が旱魃に襲われ、民百姓は困りはててしまった。 そこで朝廷では女色をもって上人の呪術を破ろうと、内裏一の美女・雲の絶間姫(くものたえまひめ)を上人の許に送り込む。姫の色仕掛けにはさすがの上人も抗しきれず、思わずその…
    4キロバイト (571 語) - 2023年7月4日 (火) 11:41
  • 伊達宗紀のサムネイル
    階段も楽に上り下りできたと言われている。 側近の者が「侯の長寿の秘訣は何でございますか」と問うたところ「それは女色を慎むことにある」と答えたため、重ねて「侯におかせられましては何歳から女色を慎まれましたか」と質問するとおおらかに「70歳じゃ」(75歳、80歳とする場合も)と言った、という逸話が、特に宇和島では有名である。…
    10キロバイト (1,219 語) - 2024年2月21日 (水) 08:08
  • 後趙のサムネイル
    成果は挙げられず、国力を消耗しただけであった。また、石虎の時代に後趙は内政的にも全盛期を迎えるが、石虎はそれをよい事に宮殿・都城造営を繰り返し、また女色に溺れるなどして、次第に国を傾かせた。 石虎の晩年になると、後趙では皇族間の権力闘争が激化し、348年4月に石虎の太子石宣が弟の石韜を殺害する事件が…
    18キロバイト (3,186 語) - 2023年8月30日 (水) 13:38
  • 梁 (南朝)のサムネイル
    後半には綱紀が弛緩した上、有能で人望もあった昭明太子が531年に早世して同母弟の蕭綱が擁立されたことも、皇族間の不和を生じさせた。 官僚も日夜酒宴や女色に溺れて実務を省みなくなり、風俗が乱れ奢侈が横行し、民衆からは厳しい租税が収奪されるようになった。また、晩年の武帝は若い頃の聡明を失っており、自らは…
    21キロバイト (3,605 語) - 2024年4月2日 (火) 15:11
  • 藤堂高久のサムネイル
    前述の『土芥寇讎記』に拠れば、「当代の名将であり、良将と言ってもまだ足りない。他将の鑑と言っていい」とされている。また同書中では、男色にも女色にも溺れることはなかった、ともされている。 元禄16年4月29日(1703年6月13日)に江戸で死去した。藤堂家代々の墓所は津市の寒松院にあるが、高…
    5キロバイト (581 語) - 2023年8月12日 (土) 05:25
  • 南部利済のサムネイル
    、安政元年(1854年)2月23日に幕府から江戸下屋敷での蟄居を命じられて、安政2年4月14日(1855年5月29日)に死去した。 『派手好みにして女色に淫した』といわれ、悪評が高い。 初め謹明と称していたことや、長男の利義に「謹保」、四男に「謹敦」、新次郎に「謹詳」、六男の榮千代に当初「謹弘」とつ…
    7キロバイト (956 語) - 2022年12月4日 (日) 12:40
  • 衆道のサムネイル
    シェア、アイドルも存在の江戸時代に学ぶべきこと〈週刊朝日〉2018年1月15日 ^ 「「土芥寇讎記」の基礎的研究」所収「『土芥寇讎記』における男色・女色・少年愛」P6。 ^ 「オトコノコノためのボーイフレンド」(1986年発行少年社・発売雪淫社)P132「日本男色史」より。 ^ 「同性愛と異性愛」p216…
    11キロバイト (1,695 語) - 2024年5月8日 (水) 08:36
  • 五胡十六国時代のサムネイル
    族形態を維持したまま中国の傭兵として使われた場合が多い。 三国時代の抗争の後、ようやく中国を再統一した晋の司馬炎であったが、統一後はだらしなくなり、女色に耽って政治を省みないようになる。その死後に即位した恵帝は暗愚で知られる皇帝であり、皇后の賈南風などに利用されるがままであった。賈南風らは自分たちの…
    25キロバイト (3,546 語) - 2024年5月2日 (木) 03:02
  • ア王は7省の地を割譲してベトナムに与え、その中にはソクチャン、チャーヴィン、カンポットとコンポン・ソムが含まれていた。 阮福濶は武力を濫用したほか、女色を好み、租税も重く課し、ベトナム南部の民衆の不満は高まった。これが後の西山党蜂起の原因となった。 1765年、阮福濶は死去し、長泰陵(Trường thái…
    2キロバイト (357 語) - 2022年2月21日 (月) 10:16
  • 【集疏】毛奇齡云。易㆑色有㆓二義㆒。一作㆓改易之易㆒。音亦。則色是顔色。謂㆓改㆑容而禮㆒㆑之。程伊川云。變㆓易顔色㆒是也。一作㆓難昜之昜㆒。音異則色是女色。謂㆔尊㆑覧則輕㆓女色㆒。漢李尋論㆓天象㆒。有㆑云。少微在㆑前。女在㆑後。賢㆑賢易㆑色。取㆓法此㆒。顔師所㆑謂尊㆓上賢人㆒。輕于色是也。
  • 女 色(じょしょく、にょしょく) 女性の色香。 女性との情事。 女 色 (nǚsè) 女性としての魅力。
  • をしようとしなかった。三十歳ごろになって、試しに採用されて役人になり、泗水の亭長になった。高祖は役所の役人たちを軽んじて侮らないものは無かった。酒と女色が好きで、いつも王ばあさんと武ばあさんの店で、酒をツケで買っていた。酔いつぶれて横になると、武ばあさんと王ばあさんはその上にいつも龍がいるのを見て、
(前の20件 | ) (20 | 50 | 100 | 250 | 500 件) を表示