韓国大学総学生会連合

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韓国大学総学生会連合(略称:韓総連)
各種表記
ハングル 한국대학총학생회연합 한총련
漢字 韓國大學總學生會聯合 韓總聯
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韓国大学総学生会連合(かんこくだいがくそうがくせいかいれんごう、韓総連)は、1980年代学生運動を主導していた全国大学生代表者協議会(全大協)を継承して、1993年に結成された大韓民国の学生運動団体である。大韓民国大法院により、利敵団体と規定された団体でもある。標語は「生活・学問・闘争の共同体」「民族の運命を開拓する不敗の愛国隊伍」である。

組織[編集]

代表者である議長と、最高議決機関である代議員大会、常任議決機関である中央委員会、常設議決機関である中央常任委員会を置いている。また、執行機関としては中央執行委員会と、その傘下に中央執行局、中央政策委員会、中央組織委員会、連帯事業委員会、事務所などで構成される。そうして、特別機関としては、学園自主化推進委員会と、組織統一委員会を設置して、学内問題と共に、朝鮮統一問題を最も主要な課題として捉えていた。

地域別には、ソウル(ソウル連)、江道(江道連)、京畿仁川(京仁総連)、忠清(忠清総連)、光州全南(南総連)、全北(全北総連)、大邱慶北(大慶総連)、釜山慶南(釜慶総連)として、地域別総学生会連合があり、各地域の総連別に、地区を置く。済州(済総連)地区は地域的特殊性から地域総連と同格の特別地区とした。

歴史[編集]

1993年、既存の全国大学生代表者会議を継承しようという趣旨で、全北大学校で創立代議員大会を開催し、高麗大学校で8万余名を動員し出帆した。しかし韓総連は1996年夏、延世大学校での8・15統一大祝典および汎民族大会で大規模な暴力デモを行い、政府による大々的な制裁を受けただけでなく、暴力デモに対する一般学生の批判的なまなざしをも招いた。そして、大法院によって「4期韓総連は利敵団体である」と規定され、イデオロギーよりも就職活動に関心を示す一般学生が増大している中で、韓総連の活動力はだんだん萎縮していった。4期以後の5期、6期韓総連も大法院によって利敵団体と規定され、10期韓総連(2002年ソウル産業大学校で出帆式を開催)も、利敵団体と規定された。利敵団体という反国家団体や、その構成員、あるいはその指示を受けた者の活動を称揚・宣伝したり、国家変乱を宣伝・煽動した団体とされている。

2008年3月、韓総連は新任議長選挙で、候補者を擁立できないまま出帆し、16年ぶりに議長選出に失敗した。そして28日、漢陽大学校キャンパスで、韓総連所属の全国の40あまりの大学の総学生会会長と、各単科大学学生会会長など、代議員60名で、150名あまりの学生を結集し、緊急代議員大会を開催して、キムヒョンウン全南大学校総学生会会長を「16期韓総連闘争本部長」に「推戴」した。

活動[編集]

学生大衆団体が細分化し、意見が多様化した現在でも、韓総連は韓国社会で大きな存在感を残している。駐韓米軍撤収、国家保安法撤廃、米朝平和協定締結、6・15南北共同宣言履行、学園自主化などを、主要活動目標にしている。

一般的に韓国では、韓総連には極左傾向があると見做されているが[1]、むしろ韓総連の活動は、左派的色彩(労働者階級運動)が加味された民族主義運動である。

また、民主労働党民主労働組合総連盟全国農民会総連盟と連帯している。あるいは、祖国統一汎民族青年学生連合(汎青学連)、祖国統一汎民族連合加盟団体である。以前には、汎青学連南側本部議長を、韓総連議長が兼任したものだが、現在はそうではない。

団体の利敵性[編集]

2000年、大法院によって、6期韓総連は赤化統一路線に沿った暴力革命路線を採択したとしてその活動を称賛・鼓舞・宣伝・同調する行為を目的とした団体を、国家保安法第7条が定める利敵団体に規定した。

その後、2004年に、大法院は、10期韓総連が綱領および規約を開催したにもかかわらず、その思想と闘争性において、その前身である全大協と根本的な変化があったとは見ることはできず、その指向する路線が反国家団体である北朝鮮と軌を一にしており、北朝鮮の活動を称賛・鼓舞・宣伝したり、少なくともこれに同調する行為を目的にする利敵団体だと判断するしかないとの判決を下した。

脚注[編集]

  1. ^ これは、韓国社会の判断基準で、韓総連の親北傾向を”左派”と呼ぶだけで、韓総連は政治イデオロギー上の極左とは必ずしも言い難い。

関連項目[編集]