闕字

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闕字(けつじ)とは、文書中に天子貴人に関する語が現れたときに、これに敬意を表すために、該当する用語の前に1字または2字分の空白を設けることである。

「闕(けつ)」は「欠(けつ)」に通じ、「かける」の意味。

歴史[編集]

中国の書式に倣って公式令にて平出とともに規定され、公式様文書以外でも用いられた。また、皇太子や親王・摂関に対する文書に対しても用いられた。

対象[編集]

公式令では、天皇や皇族・神々に関連した語を対象として挙げており、以下のような語(関連用語も含む)を用いる際に行うこととされている。

  • 大社
  • 陵号
  • 乗輿
  • 車駕
  • 詔書
  • 勅旨
  • 明詔
  • 天恩
  • 慈旨
  • 中宮
  • 御○○(○○=天皇・三后を意味する語)
  • 闕庭
  • 朝庭
  • 東宮
  • 皇太子(唐制では平出とされる)
  • 殿下

中世以後も朝廷内では比較的守られていた用法であり、時代に応じて「禁裏」「天裁」「奏聞」「公方」などの語が闕字の対象として追加された。明治になって正式に廃止された後も天皇や皇族に対する文書の中に闕字を用いた事例がみられる。

福沢諭吉による廃止[編集]

1858年(安政5年)、福澤諭吉は『華英通語』を翻訳した『増訂華英通語』を最初の出版物として出版した。このとき福澤は本文で「皇國」や「本邦」に闕字したが、出版後に闕字のような習慣に従うことは世間の先例に倣った軽率な行為だったと反省した。しかし勝手に闕字を止めることは法律に違反するかもしれず、そうなれば出版禁止になることもあり得るので、簡単に中止することもできなかった。そこで専門家に聞いてみようと思い、蕃書調所の主任教頭である川本幸民先生を訪問して、闕字の習慣は国法で定められているのかどうかと質問したところ、曾てそのような定めはなく全て筆者の思い思いに委ねられているという答えを得た。念のために闕字を全廃したために著書を絶版にされる可能性は無いかと質問すると、心配することはないとの回答を得た。これを聞いて福澤は欣喜雀躍して家に走って帰り、それからは闕字を全廃することに決心した。そうして『増訂華英通語』を例外として、その他の著書は全て闕字なしで出版した。これも38年前の川本先生の教えの賜物だと思うと『福澤全集緒言』の中で述べている。

安政五年余が江戸に(きた)りて(はじ)めて出版(しゆつぱん)したるは華英通語(くわえいつうご)なり是れは飜譯(ほんやく)と云ふ可き(ほど)のものにも非ず原書(げんしよ)横文字(よこもじ)假名(かな)(つ)けたるまでにして(こと)(もと)より易し(たゞ)原書(げんしよ)のVの字を正音(せいおん)に近からしめんと欲し(こゝろみ)にウワの假名(かな)濁點(にごり)を附けてと記したるは當時(たうじ)思付(おもひつき)新案(しんあん)と云ふ可きのみ夫れは(さて)(お)き此書を出版(しゆつぱん)して後に(ひと)り自から赤面(せきめん)して遺憾(ゐかん)なりと思ひしは其凡例(はんれい)漢文(かんぶん)(したゝ)めたることゝ皇國(くわうこく)本邦(ほんぱう)の文字に闕字(けつじ)したることなり畢竟(ひつきやう)原本(げんぽん)が支那人の手に成りて(すべ)漢文(かんぶん)なりしゆゑ自然(しぜん)に之に釣込(つりこ)まれたるか左りとは緒方先生(おしへ)(そむ)くものなりと心甚だ安からず又闕字(けつじ)の事は(はた)して國法(こくはふ)(めい)ずる所なるや否や(その)(へん)吟味(ぎんみ)もせずして(みだり)世間(せけん)先例(せんれい)(なら)ふたるは習慣(しふくわん)奴隷(どれい)たるに過ぎず是亦輕卒(けいそつ)の至りなり(さ)れば漢文(かんぶん)此度限(このたびかぎ)りとして以後(いご)(つゝ)しむことに决心(けつしん)したれども闕字の要不要(えうふえう)容易(ようい)獨斷(どくだん)す可らず(かゝ)些事(さゝい)の事よりして奇禍(きくわ)を得たる先例(せんれい)(めづ)らしからぬことなれば(その)(すぢ)質問(しつもん)するこそ上策(じやうさく)なれと思ひ當時蕃書調所(ばんしよしらべしよ)開成所(かいせいしよ)と名を改めたる後か(たしか)(おぼ)えず)の主任教頭(しゆにんけうとう)川本幸民先生を木挽町(こびきちやう)私宅(したく)(と)從來(じうらい)著書中(ちよしよちう)に何か貴尊(きそん)なる文字あれば闕字(けつじ)するの(れい)あるが如し是れは國法(こくはふ)(めい)ずる所にして(そむ)く可らざるものなるや否やと(たづ)ねしに先生云く調所(しらべしよ)などには(かつ)其種(そのしゆ)成規(せいき)なし(すべ)著者(ちよしや)の思ひ/\なりと余は(な)(ねん)(お)して然らば先輩(せんぱい)先例(せんれい)(かゝ)はらず著譯書中闕字(けつじ)全廢(ぜんぱい)しても是れが爲めに著譯書(ちよやくしよ)絶版(ぜつぱん)を命ぜらるゝことなく著譯者(ちよやくしや)(つみ)(おちい)ることもなきやと(たゞ)したるに心配(しんぱい)に及ばずとの明答(めいたふ)は蓋し川本先生も洋學界(やうがくかい)自由思想(じいうしさう)大家(たいか)なれば口にこそ(い)はざれ闕字(けつじ)する勿れと(あん)(おし)うるものゝ如し余は之を聞得(きゝえ)欣喜(きんき)(た)へず(はしつ)(いへ)(かへ)爾後(じご)闕字は無用(むよう)なりと决定(けつてい)して余が著譯書(ちよやくしよ)華英通語(くわえいつうご)(のぞ)くの外今日に至るまで古來(こらい)學者流(がくしやりう)弊習(へいしふ)(まぬ)かれたるは今を去る卅八年前川本先生の(たまもの)なりと云ふ可し

福澤諭吉、『福澤全集緒言』、54-56頁

参考文献[編集]

外部リンク[編集]