賽は投げられた

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ルビコン川の位置。源流点からそのまま西へ延長線を引いたものがローマとガリア・キサルビナの境界

は投げられた(さいはなげられた)」(古典ラテン語alea iacta est、アーレア・ヤクタ・エスト)は、ガイウス・ユリウス・カエサル紀元前49年1月10日元老院に背いて軍を率いて南下し北イタリアのルビコン川を通過する際に言ったとして知られる言葉。当時のカエサルは一軍人だった。出典はスエトニウスの文章 (iacta alea est) である。現在は、“もう取りやめることができる点を越してしまったので,最後までするしかない”という意味で使われている。直訳ではないが同義として「ルビコン川を渡れ」がある。

共和政ローマは当時、本土と属州ガリア・キサルピナをルビコン川で分けており、それ故にルビコン川は北の防衛線であったため、軍団を率いてルビコン川以南へ向かうことは法により禁じられていた。これに背くことはローマに対する反逆とみなされた。

一般的な全文[編集]

アントニウスよ。

女は「だから」に身をゆだねる。男は「なのに」に身を焦がす、そういう生き物であるとは思わぬか。

いかなる怒り、いかなる力が元老院にあろうとも、我々は取り拉ぐ栄光を彼らに許すわけにはいかんのだ。

我々はガリアの地における成功で安住の余生が送れるという理由で元老院に膝を屈し慈悲を請い、彼らが勝利に驕り、喜びの情に溺れ、支配権をほしいままにする圧政者としてローマを掌中に収める姿を横目に見るわけにはいかぬ。

支配者には名誉と責任は同じくらいつきまとうものであり、他人以上に名誉ある地位につけば、それだけいっそう危険に身をさらす責任もあるはずだ。

そこに暗澹たる戦火が待ち受けていようとも、今こそ我らの信念の火を灯さなければならんのだ。

ここを渡れば人間世界の悲惨、渡らなければわが破滅。

進もう、神々の待つところへ! 我々を侮辱した敵の待つところへ!

賽は投げられた!

スエトニウス「ローマ皇帝伝」)

スエトニウスの原文は、こうである。

Caesar: '... iacta alea est,' inquit.[1]

脚注[編集]

  1. ^ Perseus Digital Library Suet. Jul. 32

関連項目[編集]

外部リンク[編集]