聖詠

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聖王ダヴィド(ダビデ)のイコン18世紀キジ島ロシア正教会)。聖詠の半数近くが彼の作に帰せられているが、聖詠の作者はダヴィドのみではない。

聖詠(せいえい、: Ψαλμός: Псало́м)とは正教会日本正教会)において、旧約聖書に含まれる、主に王国時代に歌われていた歌頌を集大成したものを指す呼称。聖詠を収めた祈祷書聖詠經(聖詠経、せいえいけい、: ψαλτήριον: Псалти́рь, Псалты́рь)と呼ぶ。私祈祷公祈祷の別無く、奉神礼において頻繁に詠まれ、歌われる。

日本聖書協会訳の詩篇に相当するが、日本聖書協会訳の詩篇がヘブライ語聖書を定本にしているのに対し、正教会の聖詠は七十人訳聖書を底本にしているため、訳文の違いのみならず、区切り方・数え方といった構成も異なる(詳細は「詩篇」との対比の項で後述)。

  • 例1:第10聖詠=詩篇第11篇
  • 例2:第113聖詠=詩篇第114篇、115篇

概要[編集]

聖詠は聖詠經に全編が収められている。他に私祈祷用の小祈祷書や、時課經をはじめとした各種祈祷書に収録されており、私祈祷・公祈祷の別を問わず幅広い奉神礼で歌われる。

王国時代の歌のみならず、幅広い時代に歌われた祈祷の集大成であり、歴史的題材は天地創造からバビロン捕囚にまで至っている。韻をはじめとした音楽性、歌詞に含まれた神学的内容、心情表現などにより、完成度の高い祈祷として、各種奉神礼の形態がまだ整っていなかった4世紀以前の初期教会時代から用いられてきた[1]

構成[編集]

カフィズマ[編集]

正典としては150の聖詠から構成される。他に外典としてのイウデヤ王マナシヤの祝文(マナセの祈り)も含めて151と数える事もある。マナシヤの祝文を除いた150の聖詠を20のカフィズマ(希:κάθισμα 、露:Кафи́зма, Кафи́сма 、「座」の意。カテドラル同根語)と呼ばれる区分に分割しており、昼夜奉事の中で特定のカフィズマが指定されている場合はこの一区分を詠む。

  • 第一「カフィズマ」:第一聖詠~第八聖詠
  • 第二「カフィズマ」:第九聖詠~第十六聖詠
  • 第三「カフィズマ」:第十七聖詠~第二十三聖詠
  • 第四「カフィズマ」:第二十四聖詠~第三十一聖詠
  • 第五「カフィズマ」:第三十二聖詠~第三十六聖詠
  • 第六「カフィズマ」:第三十七聖詠~第四十五聖詠
  • 第七「カフィズマ」:第四十六聖詠~第五十四聖詠
  • 第八「カフィズマ」:第五十五聖詠~第六十三聖詠
  • 第九「カフィズマ」:第六十四聖詠~第六十九聖詠
  • 第十「カフィズマ」:第七十聖詠~第七十六聖詠
  • 第十一「カフィズマ」:第七十七聖詠~第八十四聖詠
  • 第十二「カフィズマ」:第八十五聖詠~第九十聖詠
  • 第十三「カフィズマ」:第九十一聖詠~第百聖詠
  • 第十四「カフィズマ」:第百一聖詠~第百四聖詠
  • 第十五「カフィズマ」:第百五聖詠~第百八聖詠
  • 第十六「カフィズマ」:第百九聖詠~第百十七聖詠
  • 第十七「カフィズマ」:第百十八聖詠(ネポロチニ)
  • 第十八「カフィズマ」:第百十九聖詠~第百三十三聖詠
  • 第十九「カフィズマ」:第百三十四聖詠~第百四十二聖詠
  • 第二十「カフィズマ」:第百四十三聖詠~第百五十聖詠

「詩篇」との対比[編集]

聖詠 詩篇日本聖書協会訳)
第1~第8は同じ
第9聖詠 第9篇、第10篇
第10聖詠 第11篇
以下1編ずつのずれ
第112聖詠 第113篇
第113聖詠 第114篇、第115篇
第114聖詠、第115聖詠 第116篇
第116聖詠 第117篇
以下1編ずつのずれ
第145聖詠 第146篇
第146聖詠、第147聖詠 第147篇
第148~第150は同じ

脚注[編集]

  1. ^ 出典:『山手・上毛教会報』2008年11月号、3頁

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]