第百一号輸送艦

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第百一号輸送艦
公試中の第百一号特設輸送艦 (1944年2月または3月、大阪湾)
公試中の第百一号特設輸送艦
(1944年2月または3月、大阪湾
基本情報
建造所 大阪造船所
運用者  大日本帝国海軍
艦種 特設輸送艦(1944年2月)
輸送艦(1944年9月)
級名 艦型名なし(1944年2月)
第百一号型輸送艦(1944年9月)
建造費 3,479,000円[1]
艦歴
計画 マル戦計画
起工 1943年12月1日
進水 1944年1月25日
竣工 1944年3月8日
最期 1944年10月28日被爆沈没
除籍 1944年12月10日
改名 第百一号特設輸送艦(1944年2月)
第百一号輸送艦(1944年9月)
要目(注釈無き限り計画時)
基準排水量 950トン
公試排水量 1,010トン
全長 80.50m
水線長 75.50m
垂線間長 72.00m
最大幅 9.10m
深さ 5.65m
吃水 2.89m
機関 400型中速ディーゼル 3基
推進 3軸
出力 1,200hp
速力 13.4ノット
燃料 重油 68トン
航続距離 13.4ノットで3,000カイリ
乗員 計画時90名
1944年9月5日 定員89名[注釈 1]
搭載能力 250トン
兵装 40口径8cm高角砲 単装1基
25mm機銃 3連装2基
搭載艇 短艇2隻
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第百一号輸送艦[注釈 2](だいひゃくいちごうゆそうかん)は、日本海軍輸送艦第百一号型輸送艦の1番艦。多号作戦で沈没した。

艦歴[編集]

マル戦計画の輸送艦、仮称艦名第1501号艦として計画。当初は主機を艦本式甲25型高圧単式タービン、主缶を零号乙15改型ホ号缶とする予定だったが、これら機関部の製造が間に合わなかったため、大阪造船所川南工業浦崎工場、日立造船向島造船所に建造が割り当てられた艦のうち、最初の2隻ずつは400馬力の中速ディーゼルを3基装備して建造されることとなった。本艦は、その6隻のうちの1隻である。

1943年12月1日、大阪造船所で起工。1944年1月25日、進水。2月5日、第百一号特設輸送艦と命名され、所管を呉鎮守府と仮定。10日、大阪造船所内で艤装員事務所の事務を開始。3月8日竣工し、呉鎮守府所管に定められる。連合艦隊に編入され軍隊区分補給部隊に配置。

5月28日、第102号特設輸送艦とともに輸送艦兼護衛艦としてタマ20船団に加入し高雄発[2]。以後、南西方面での輸送に従事。

6月9日、第102号特設輸送艦とともに第22号掃海艇の護衛を受けハルマヘラ島カウ発、アンボンへ向かう。12日、経由地のタワで第22号掃海艇が触礁したため、本艦が離礁作業に協力。13日、アンボン着[3]。30日、第102号特設輸送艦ら2隻と船団を編成し、第12号掃海艇ら2隻の護衛を受けアンボン発。7月9日、スラバヤ着。

9月5日、呉鎮守府所管の定めを解かれて第百一号輸送艦と改名し、本籍を呉鎮守府に定められる。同日付の艦艇類別等級別表の改正で輸送艦の部中、等級の項に二等、艦型名に第百一号型がそれぞれ新設され、第百一号型の1番艦に定められる。

10月28日、多号作戦に参加しオルモック湾で揚陸中、空襲を受け沈没した。

12月10日、第百一号輸送艦は第百一号型輸送艦から削除され、帝国輸送艦籍から除かれた。

輸送艦長[編集]

  • 吉松吉彦 大尉:1944年3月8日 - 1944年11月15日

脚注[編集]

注釈
  1. ^ この数字は特修兵、その他臨時増置された人員を含まない。
  2. ^ 本来の艦名表記は第百一號輸送艦(1944年9月4日以前は第百一號特設輸送艦)。以下、「第百一号」の表記部について同じ。
脚注
  1. ^ 戦史叢書『海軍軍戦備(2)』、p. 96。ただしこの価格は当初計画のタービン、ボイラー装備艦としての予算成立時の価格であり、ディーゼル装備艦としての価格ではない。
  2. ^ 第一海上護衛隊戦時日誌(昭和19年5月1日-31日)。
  3. ^ 第二十二号掃海艇戦時日誌(昭和19年6月1日-30日)。

参考文献[編集]

  • 海軍省
    • 法令、令達
      • 昭和19年2月5日付 内令第298号、官房軍機密第136号。
      • 昭和19年3月8日付 内令第407号。
      • 昭和19年9月5日付 達第294号、内令第1035号、内令第1044号、内令第1045号、内令員第1689号、内令員第1690号。
      • 昭和19年12月10日付 内令第1333号、内令第1340号、内令員第2414号、内令員第2415号。
    • 人事発令
      • 昭和19年3月10日付 海軍辞令公報(部内限)第1363号。
      • 昭和19年11月18日付 秘海軍辞令公報 甲 第1646号。
    • 戦時日誌、その他
      • 呉鎮守府戦時日誌。
      • 第一海上護衛隊戦時日誌。
      • 第二十二号掃海艇戦時日誌。
      • 昭和19年3月1日付 海軍公報(部内限)第4629号。
  • 駒宮真七郎『戦時輸送船団史』、出版共同社、1987年、ISBN 4-87970-047-9
  • 世界の艦船 No. 522 増刊第47集 『日本海軍特務艦船史』、海人社、1997年。
  • 福井静夫 『写真 日本海軍全艦艇史』、ベストセラーズ、1994年。ISBN 4-584-17054-1
  • 防衛研修所戦史室 戦史叢書朝雲新聞社
    • 第46巻 『大本営海軍部・聯合艦隊(6) -第三段作戦後期-』、1971年。
    • 第71巻 『大本営海軍部・聯合艦隊(5) -第三段作戦中期-』、1974年。
    • 第88巻『海軍軍戦備(2) -開戦以後-』、1975年。
  • 丸スペシャル No. 50 日本海軍艦艇シリーズ 『掃海艇・輸送艦』、潮書房、1981年。
  • 明治百年史叢書 第207巻 『昭和造船史 第1巻(戦前・戦時編)』、原書房、1977年。