榊原陽

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榊原 陽(さかきばら よう、1930年 - 2016年5月25日(享年85歳))は、日本の実業家

父は経済学者の榊原巌。母は衆議院議員榊原千代

経歴[編集]

福島県生まれ。福島高等学校を卒業。東京神学大学中退[1]

1962年[2]、父母とテック(東京イングリッシュ・センター)を創業。1963年、東京言語研究所を創立(初代所長は服部四郎)。ロマーン・ヤーコブソンノーム・チョムスキーら言語学者を招待し、講演、セミナーを行う。

1966年、谷川雁山口健二を介して知合っていた[3])らと株式会社テックの一部門として、ラボ教育センター発足。のち、社長となる。1980年、谷川の退社とほぼ同じく、ラボ教育センターを退社。

1981年言語交流研究所創立に参加。また同年11月、同研究所の実践部門「ヒッポファミリークラブ」を創設。1984年には、研究部門トランスナショナル・カレッジ・オブ・レクスを創設。

ヒッポファミリークラブの活動の前提として、「学生や成人になっても、母語以外の言語を自然習得できる」と主張している。

『人麻呂の暗号』などを刊行した4人の女性の筆名である藤村由加の一人は、榊原の長女である[4]

著書[編集]

  • 『ことばを歌え!こどもたち』筑摩書房 1985年
  • 『ことばを歌え!こどもたち 増補改訂版』筑摩書房 1989年
  • 『ことばはボクらの音楽だ!』明治書院 2013年

脚注[編集]

  1. ^ 内田聖子『谷川雁のめがね』風濤社 P.123 『新版 谷川雁のめがね』日本文学館 P.132
  2. ^ 内田聖子『谷川雁のめがね』風濤社 P.15 『新版 谷川雁のめがね』日本文学館 P.25
  3. ^ 内田聖子『谷川雁のめがね』風濤社 P.124 『新版 谷川雁のめがね』日本文学館 P.133
  4. ^ 『人麻呂の暗号』(新潮文庫)の赤瀬川原平の解説、および、たくさんの言語や世代が交わり、世界中どんな人でも大切にする気持ちを育む・ヒッポファミリークラブ(渋谷区)