朴述熙

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朴述熙
各種表記
ハングル 박 술희
漢字 朴 述熙
発音 パク・スリ
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朴 述熙(パク・スリ、朝鮮語: 배 현경、生年不詳 - 945年旧暦9月16日)は、高麗の武将で、開国功臣の一人。本貫は沔川朴氏の祖。朴述希とも。

人物[編集]

忠清道槥城郡出身。後高句麗弓裔の衛士であったが、王建の配下となり、高麗建国初期には多くの戦功を挙げた。第2代恵宗の擁立にも尽力し、太祖王建は、述熙に「訓要十條」を授け、恵宗の補佐役を命じた。史書によれば、第3代定宗が述熙の謀反を疑い、江華郡甲串に流罪としたが、述熙と対立関係にあった咸規(王規)が王命を偽り、暗殺したとされる。

洪儒卜智謙裵玄慶申崇謙らとともに開国一等功臣に列して、太祖の廟庭に祀られた。諡号は嚴毅。

参考文献[編集]