勝連御殿

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勝連御殿(かつれんうどぅん)は、尚質王の五男・東風平王子朝春(1653年1月14日(順治9年12月15日) - 1701年12月9日(康煕40年11月10日))を元祖とする琉球王族第二尚氏の分家で、琉球王国大名

一世朝春は、東風平間切(現:八重瀬町(東風平地区)) の按司地頭をつとめた。四世朝宜、五世朝隆起は、慶賀使として薩摩へ派遣されている。朝宜のときに、勝連間切(現:うるま市(勝連地区)) に転任、以後勝連御殿と称するようになった。

系譜[編集]

  • 一世・東風平王子朝春
  • 二世・東風平按司朝資
  • 三世・東風平按司朝寛
  • 四世・勝連按司朝宜
  • 五世・勝連按司朝隆
  • 六世・勝連按司朝慎
  • 七世・勝連按司朝房
  • 八世・勝連按司朝典

参考文献[編集]

  • 沖縄県氏姓家系大辞典 編纂委員会『沖縄県氏姓家系大辞典』角川書店、1992年(平成4年)。ISBN 978-4040024707 
  • 宮里朝光(監修)、那覇出版社(編集)『沖縄門中大事典』那覇出版社、1998年(平成10年)。ISBN 978-4890951017 
  • 比嘉朝進『士族門中家譜』球陽出版、2005年(平成17年)。ISBN 978-4990245702 

関連項目[編集]