三田光一
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三田 光一(みた こういち、1885年 - 1943年)は、日本の自称透視能力者。宮城県気仙沼市生まれ。御船千鶴子らとともに、福来友吉博士によって発掘された「超能力者」の一人。
1933年に、福来友吉の発案により岐阜市でおこなった、月の裏側の念写で知られる。
[編集] 月の裏側の念写についての真贋
1931年6月24日と1933年11月12日に三田光一が当時見ることの出来なかった月の裏側の念写に成功したとされた[1]。
アポロ計画の際、NASA発表による 月の裏側の月面クレーターの位置と彼の念写したもののうち、18以上のクレーターが一致していることが確認されるなど、何箇所かに一致部分があることも確認されているため[要出典]、念写は成功したと主張するものもいる。後藤以紀は、三田の念写が事実であるという説を論文で発表した[要出典]。
三田が念写した写真と実際に撮影された月の裏側の写真を比較すると、月の形状そのものは似ても似つかないほど異なっていることがわかる。
三田の写真には、実際の月の裏側にはほとんど存在しない「海」を思わせる黒い部分が写し出されている点や、月よりはるかに暗く見える星が、月と同じ明るさで写っていたり、星の配置がランダムでなく人間の手で描いた特徴があるなど不審な点が多く、研究家からはその信憑性を疑問視されている[1]。
三田の念写写真とNASAの探査機の撮影した写真が一致したとする近藤千雄『心霊科学本格入門』や1992年放送の『ワンダーゾーン』についても、一致したとするNASAの写真は実際には三田の念写写真そのものでありNASAの写真ではない[1]。
なお、1918年2月12日に三田はフィルムを入れた箱のすり替えをして、念写実験でトリックを使っていたことが発覚した過去がある[1]。