レブカ

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世界遺産 レブカの歴史的港湾市街
フィジー
太平洋に面したレブカのメインストリート
太平洋に面したレブカのメインストリート
英名 Levuka Historical Port Town
仏名 Ville portuaire historique de Levuka
面積 70 ha (緩衝地域 363 ha)
登録区分 文化遺産
登録基準 (2), (4)
登録年 2013年
公式サイト ユネスコ本部(英語)
使用方法表示
レブカ・ビーチストリート

レブカ(Levuka)は、フィジーの都市。フィジー中央部のオバラウ島東南岸に位置し、フィジー東部地区の州都である。1874年から1882年までの間、イギリス植民地フィジーの首都であった。人口は3745人(1996年)で、これはオバラウ島の人口の3分の1を占める。

レブカは1820年ごろにヨーロッパの植民者によって建設され、フィジー諸島における最初の近代的都市として、重要な港をもち交易拠点となっていた。港には宣教師や船大工などが集まり、1858年には伝道局が設置された。当時フィジーでは6つの王国が覇権を争っていたが、そのうちセル・エペニサ・ザコンバウ王が強力となり、1871年にはザコンバウはフィジーを統一。レブカで戴冠し、フィジー王となった。しかし、この政府はまもなく破綻し、1874年にザコンバウはフィジーをイギリスへと譲渡。レブカはそのまま英領フィジーの首都となった。しかし、レブカは背後にまで山が迫り土地が狭小だったため、まもなく植民地政府は首都移転を計画し、1882年には首都はビティレブ島スバに移転。レブカは寂れたものの、なお重要な町であり続けた。

レブカは港町であり、さまざまな新文化が上陸してくる場所であったため、フィジー初のものが多くある。レブカではフィジー初の郵便局、銀行、新聞社、ホテルなどが建てられた。1869年にはフィジー初の新聞社フィジー・タイムズ紙がここで発行され、1879年にはフィジー初の公立学校が設立された。また1927年には、首都スバで開始される三日前に電力供給が始まった。

レブカはかつて太平洋交易の要所として栄えたが、1950年代にはその役割はほとんどなくなっていた。1964年、日本資本の水産加工場が建設され、冷凍マグロやツナ缶を製造してヨーロッパやカナダへ輸出するようになり、以後これがレブカの主産業となった。観光は、この町では産業上あまり重要な役割をはたしていない。

世界遺産[編集]

2013年の第37回世界遺産委員会での審議を経て、UNESCO世界遺産リストに登録された。フィジーでは最初の世界遺産である。

登録基準[編集]

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
  • (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。

座標: 南緯17度41分 東経178度50分 / 南緯17.683度 東経178.833度 / -17.683; 178.833