ラヴー旅館

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座標: 北緯49度04分15.1秒 東経2度10分21.0秒 / 北緯49.070861度 東経2.172500度 / 49.070861; 2.172500

ラヴー旅館

ラヴー旅館(ラヴーりょかん、Auberge Ravoux)は、フランスパリ郊外のオーヴェル=シュル=オワーズにある歴史的建造物である[1]画家フィンセント・ファン・ゴッホが生涯最後の70日間ここに滞在したことで知られる。現在、博物館として観光名所となっている[2]

歴史[編集]

1890年頃のラヴー旅館。

この建物は19世紀半ばに家族居住用として、大通りに面したところに建てられた。当初の所有者の娘がここでワイン小売業を始めた。

1889年、アルチュール・ギュスターヴ・ラヴーがこの建物を賃借し、旅館とした。ゴッホは、カミーユ・ピサロに紹介された精神科医ポール・ガシェを頼って、1890年5月20日にオーヴェル=シュル=オワーズに到着した。ゴッホは、宿賃が3フラン50と安かったことから、ラヴー旅館の小さな屋根裏部屋に泊まることにした。オーヴェル滞在中に80枚以上の油絵と64枚のスケッチを制作しており、アルチュール・ラヴーの長女アデリーヌ・ラヴーの肖像なども描いている。しかし、1890年7月27日、ゴッホは屋外で自ら銃弾を撃って負傷し、歩いて旅館まで帰ってきた。そして2日後の29日、絶命した。

ラヴー家は1892年にオーヴェルを去った。その後、ゴッホの名前は世界的に知られるようになり、20世紀初頭、賃借人のブロット家がゴッホの部屋に人を呼び集めるようになった。1926年にはこの建物は「ゴッホの家」と命名された。1952年、ロジャー・タグリアナとミシェリーヌ・タグリアナがこの家を購入し、アデリーヌ・ラヴーの協力のもと、ゴッホの滞在していた部屋の再現を行った。オーヴェルで撮影された映画『炎の人ゴッホ』の中でこの「ゴッホの家」が取り上げられると、ますます注目を集めるようになった。

1986年以降、この建物はドミニク=シャルル・ヤンセンが管理している。ゴッホの部屋も、建築家の手によって往時の姿に復元された。ゴッホが食事をとったダイニング・ルームも復元され、現在レストランとなっている。ゴッホが滞在していた5号室は一般に公開されており、1993年以降、100万人以上の人々がゴッホの部屋を訪れている。

脚注[編集]

  1. ^ Auberge Ravoux” (French). Présentation des bases Architecture et Patrimoine. 2010年7月14日閲覧。
  2. ^ van der Veen, Wouter; Knapp, Peter (2010). Van Gogh in Auvers: His Last Days. Monacelli Press. ISBN 978-1-58093-301-8.