ユリヤ・チェパロワ

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獲得メダル

ユリヤ・チェパロワ
ロシアの旗 ロシア
女子クロスカントリースキー
オリンピック
1998 長野 30kmフリー
2002 ソルトレイクシティ 個人スプリント
2006 トリノ 4×5kmリレー
2002 ソルトレイクシティ 10kmクラシカル
2006 トリノ 30kmフリー
2002 ソルトレイクシティ 15kmフリー
ノルディックスキー世界選手権
2001 Lahti 4×5kmリレー
2005 Oberstdorf 7.5km+7.5kmダブルパシュート
2005 Oberstdorf 10km
2005 Oberstdorf 4×5kmリレー
2001 Lahti 個人スプリント
2005 Oberstdorf チームスプリント

ユリヤ・チェパロワ(Yuliya Anatolyevna Chepalova、ロシア語: Ю́лия Анатольевна Чепа́лова1976年12月23日 - )はソビエト連邦ハバロフスク地方コムソモリスク・ナ・アムーレ出身の元クロスカントリースキー選手。ロシア代表として活躍した。夫はトリノオリンピック銅メダリストのヴァシーリー・ヴァシーリエヴィチ・ロチェフ

プロフィール[編集]

チェパロワは父アナトリ・チェパロフの指導の元、歩き始めてすぐにスキーを始め、1986年から旧ソ連のスポーツエリート育成システムの中で実力を蓄えた。ソ連ナショナルジュニアチームの監督を務めていた父は娘の成功のために全財産を投じた。

チェパロワは1993年のノルディックスキージュニア世界選手権で国際大会にデビューし、15kmフリーで銀メダルを獲得、1994年から1996年まで同種目で3連覇を達成した。

1995-1996シーズンにクロスカントリースキー・ワールドカップにデビューし、総合14位となった。

1998年1月4日に10kmフリーでワールドカップ初勝利、同年の長野オリンピックではパシュート6位入賞、30kmフリーでは金メダルを獲得した。 2000年にドミトリー・リアシェンコと結婚。

2001年ノルディックスキー世界選手権ではリレーで金メダル、個人スプリントで銅メダルを獲得、2001-2002シーズンのワールドカップ総合優勝。2002年ソルトレイクシティオリンピックにおいては個人スプリント金、10kmクラシカル銀、15kmフリー銅と3個のメダルを獲得した。

2002-2003シーズンは長女出産のため全休。2005年ノルディックスキー世界選手権ではパシュートで金メダル、10kmとリレーで銀メダル、チームスプリントで銅メダルを獲得した。更に2006年トリノオリンピックでもリレーで金、30kmフリーで銀メダルを獲得した。

2006-2007シーズンは2番目の夫ヴァシーリー・ヴァシーリエヴィチ・ロチェフとの娘を出産するため再び全休。

2009年8月、同年1月3日のヴァル・ディ・フィエンメにおけるドーピング検査で陽性反応が出たことが発表され、12月23日にFISはチェパロワに2011年8月20日までの出場停止処分を下した。これを受けチェパロワは現役を退いた。

ホルメンコーレン大会の30kmで1999年、2004年、2006年の3度優勝、2004年にホルメンコーレン・メダルを受章した。ワールドカップ通算18勝(2位8回、3位7回)、総合優勝1回(2000-2001シーズン)。

外部リンク[編集]