メチルホスホン酸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
メチルホスホン酸
識別情報
CAS登録番号 993-13-5
PubChem 13818
ChemSpider 13220
EC番号 213-607-2
KEGG C20396
MeSH C032627
ChEBI
特性
化学式 CH5O3P
モル質量 96.02
外観 White Solid
融点

105 °C, 378 K, 221 °F [1]

特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

メチルホスホン酸は、サリンの加水分解等によって生成される無毒の有機リン化合物である.

化学的安定性[編集]

リンと炭素の直接結合(C-P結合)は、熱化学的に極めて安定である。水溶液中で強酸や強アルカリで加熱しても、C-P結合は開裂しない。(堀口雅昭 生体C-P化合物30年 1991)

生物の利用[編集]

酵素による分解[編集]

多くの生物は化学的安定性の高いC-P結合を切断できないが、一部のバクテリアはリン酸欠乏状態にさらされるとC-Pリアーゼを誘導してホスホン酸をリン源として利用する。大腸菌の場合、C-Pリアーゼは14個の遺伝子中にコードされている。C-Pリアーゼによるホスホン酸の分解は少なくとも6段階の酵素反応が関与している複雑な反応機構で構成される(J.P.Chin et al 2016)。

群体性窒素固定シアノバクテリア Trichodesmium erythraem は C-P リ アーゼ関連遺伝子をいくつか有しており、リン酸欠乏下でその発現を高める(Dyhrman,S.T et al 2006)[2]

海洋における好気的環境下のメタン過飽和[編集]

メチルホスホン酸は、海洋表層におけるメタン極大層の原因物質とされている。通常、メタンは嫌気的環境のみで発生すると考えられてきたため、海洋の好気的環境下(表層)でのメタン過飽和は長年の疑問であった。しかし、リン制限下でバクテリアのメチルホスホン酸代謝により、メタンが放出されることが培養実験で明らかとなった(David M.Karl et al., 2008)[3]

バクテリア等の細胞内で、メチルホスホン酸等、C‒P結合を持つリン化合物が蓄積されていることが明らかになっている(Metcalf et al., 2012)[4]

湖沼におけるメタン極大層形成[編集]

湖沼においても好気的環境下でメタン極大層が形成される。湖沼より採取したバクテリアをリン制限下でメチルホスホン酸を添加したところ、メタンが発生した。湖沼中のバクテリアもメチルホスホン酸をリン源として利用していた。(Mengyin Yao et al 2016)[5]

脚注[編集]

  1. ^ Methylphosphonic Acid”. Sigma-Aldrich. 2013年12月12日閲覧。
  2. ^ Dyhrman, S. T.; Chappell, P. D.; Haley, S. T.; Moffett, J. W.; Orchard, E. D.; Waterbury, J. B.; Webb, E. A. (2006-01). “Phosphonate utilization by the globally important marine diazotroph Trichodesmium” (英語). Nature 439 (7072): 68–71. doi:10.1038/nature04203. ISSN 0028-0836. https://www.nature.com/articles/nature04203. 
  3. ^ Karl, David M.; Beversdorf, Lucas; Björkman, Karin M.; Church, Matthew J.; Martinez, Asuncion; Delong, Edward F. (2008-06-29). “Aerobic production of methane in the sea” (英語). Nature Geoscience 1 (7): 473–478. doi:10.1038/ngeo234. ISSN 1752-0894. https://www.nature.com/articles/ngeo234. 
  4. ^ Metcalf, W. W.; Griffin, B. M.; Cicchillo, R. M.; Gao, J.; Janga, S. C.; Cooke, H. A.; Circello, B. T.; Evans, B. S. et al. (2012-08-30). “Synthesis of Methylphosphonic Acid by Marine Microbes: A Source for Methane in the Aerobic Ocean”. Science 337 (6098): 1104–1107. doi:10.1126/science.1219875. ISSN 0036-8075. https://doi.org/10.1126/science.1219875. 
  5. ^ Yao, Mengyin; Henny, Cynthia; Maresca, Julia A. (2016-12-01). “Freshwater Bacteria Release Methane as a By-Product of Phosphorus Acquisition” (英語). Appl. Environ. Microbiol. 82 (23): 6994–7003. doi:10.1128/AEM.02399-16. ISSN 0099-2240. PMC 5103098. PMID 27694233. https://aem.asm.org/content/82/23/6994.