マレーズトラップ

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自立型のマレーズトラップ

マレーズトラップ(Malaise trap)は、昆虫採集に用いられるトラップの1種。マレーゼトラップとも表記されるが、考案者の姓に従い、フランス語読みのマレーズが適当であるとされる[1]。テントのような構造をしており、飛翔性昆虫、とりわけ双翅目(ハエ目)や膜翅目(ハチ目)、小蛾類の採集に効果を発揮する[2]

概要[編集]

マレーズトラップは、テント型に張ったネットを昆虫の通り道に設置し、そこに飛来した飛翔性昆虫を採集する目的で使用されるトラップである。一般的なマレーズトラップの上部には保存液の入ったビンが取り付けられており、ネットなどの障害物に当たると上に上に移動する習性がある飛翔性昆虫をそのビン内に誘導する構造となっている。マレーズトラップは双翅目など飛翔能力の高い昆虫の採集に威力を発揮し[3]、天候に左右されない定性的・定量的な調査が可能であるという長所がある[4]

マレーズトラップの名は、このトラップを考案したスウェーデンの昆虫学者、ルネ・マレーズにちなんでいる[4]。マレーズがこのトラップを考案した後、多様な改良や変形が進められて広く利用されている[5]

歴史[編集]

飛翔性昆虫が障害物に当たると上部に逃げようとするという特性を利用したトラップとしては、マレーズトラップが考案される前の1916年に、J. C. Hodgeが考案した window box trap がある[6]。しかしこれはマレーズトラップほど広く利用されてはいなかった。

スウェーデンの昆虫学者ルネ・マレーズは、長期に渡る採集旅行中にテントに泊まっていると、テントの中に入り込んだ昆虫が屋根の上隅に集まることに気づいた[7]。マレーズは、飛翔性昆虫が壁などに当たると上へ上へ逃げようとするこの習性に着目し、1934年にミャンマーでの調査でテント型捕虫トラップを作成し、多くの飛翔性昆虫を得た[7]。マレーズは1937年にこの捕虫トラップを学術雑誌で公表し[8][6]、これがマレーズトラップの原型となった。

マレーズが考案したトラップは、ネットでできたテントの上に、同じ種類のネットで作った小部屋をつなげ、その先に保存液を入れた容器をつないだ形状であった[4]。この複雑な構造は作成が難しいこともあって、その後何人かの研究者によって改良形が考案され、マレーズが最初に使用した型のトラップは使用されなくなった[4]。その中でもよく利用されるのは、ヒメバチ研究家の H. Townes が考案した Townes 型[9]、Gressitt 夫妻が考案したGressitt 型[10]、Townes 型と Gressitt 型の中間的な形状をした Butler 型[11]カナダ農務省で考案された三角型の4タイプである[12]

その他にも、対象とする昆虫に特化した改良を加えたものも使用される。例えば、炭酸ガスに誘引されるアブ科の種を得るために、トラップ内にガスベイトを入れることで採集個体数を増加させる方法がある[13]。また、トラップ上部にライトを設置し、ライトトラップと組み合わせたような構造のものも考案されている。

日本では、平嶋義宏が1964年に八丈島で Gressitt 型マレーズトラップを使用した調査を行い、これが日本最初のマレーズトラップの使用例となった[1]。平嶋は、1962-63年の英国領北ボルネオでの昆虫調査でこのトラップを知り、その形状を元に自作したものを日本での調査に使用した[1]。このトラップは、翌1965年には西表島で使用された[1]

構造と設置方法[編集]

周囲の樹木などに紐を掛けて張られたマレーズトラップ
上部に付けるビンには、青酸カリクロロホルムエタノール等の保存液、殺虫剤を入れる[12]

構造[編集]

マレーズトラップの基本的な構造は、大きく分けて次の4つから成る[4]。設置場所や対象分類群によって形状は異なるが、どのタイプのマレーズトラップにも基本的にこの4つの構造が備わっている。

  • 昆虫をトラップ内に導くための、1つ以上の開口部
  • 昆虫の飛翔を妨げるための、垂直に垂らした壁部分
  • トラップ内に入った昆虫を逃がさないようにするための、上部に取り付ける屋根部分
  • 昆虫を集めるための、屋根部分の先端に取り付ける捕虫器


前述のとおり、マレーズが考案した原型を改良した複数の型のマレーズトラップが広く利用されている。それぞれの型は以下の様な特徴をもつ[1][12]

Townes 型
十字型の壁部をもち、四角錐型の屋根がその上に付けられる。屋根の先端に捕虫器が取り付けられ、4方向から飛来する昆虫を全て採集することができる。支柱を立てて設置を行うか、周囲にある樹木などに吊り下げることで設置する。しかし大型になり、作製や設置に手間がかかるという短所がある。
Gressitt 型
壁部は1枚のネットからなり、その上部に屋根をつけて、屋根の左右端にそれぞれ捕虫器を設置する。支柱が不要な吊り下げ型であるため、設置や持ち運びが容易であるが、2方向から飛来する昆虫しか採集出来ない。
Butler型
蚊帳を改良して作成された型。屋根はTownes型同様に四角錐型であるが、その下につける壁部はGressitt型同様に1枚のネットから成る。捕虫器は屋根の先端に1つだけ設置する。
三角型
全形が三角形になる。壁部は直角三角形のネット1枚からなり、その斜辺にそって屋根を付け、屋根先端部の1カ所に捕虫器を付ける。比較的小型であり、狭い場所にも設置できるという利点がある。


いずれの形状でも、壁部や屋根部には、テトロンポリエステルといった化学繊維を用いたネットが広く用いられる[12]。ネットの色は白や黒、自然色などが用いられるが、青色や黄色など目立つ色のネットも使用される[12]

設置[編集]

マレーズトラップは、対象分類群に合わせて設置場所を決定する必要がある。通常は多くの昆虫が移動する林縁や川べりの空き地、山道の脇などに設置するが、対象分類群によっては、草原の真ん中や水田に設置することもある[2]。ただし、森林の薄暗い場所や風が強い場所では採集効率が下がるとされる[2]

トラップ内に入った昆虫は明るい上部を目指して移動するため、トラップを下から見た時に、捕虫器が太陽光の方向になるように設置する必要がある[2]。また屋根部がたるんでいるとトラップ内に入った昆虫が逃げやすいため、屋根部はまっすぐに張る必要がある[2]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 馬場・平嶋(1991)p.351
  2. ^ a b c d e 馬場・平嶋(1991)p.353
  3. ^ 吉田貴大(2008)昆虫相調査におけるマレーゼトラップ及び 衝突板トラップの有用性. 共生のひろば 3 70-75.
  4. ^ a b c d e 馬場・平嶋(1991)p.350
  5. ^ 馬場・平嶋(1991)p.327
  6. ^ a b G C Steyskal (1981) A bibliography of the Malaise trap Proc. Ent. Soc. Wash 83: 225-229
  7. ^ a b 馬場・平嶋(1991)p.349
  8. ^ Malaise, Rene. 1937. A new insect-trap. Entomologisk Tidskrift, Stockholm. 58: 148—160, figs.
  9. ^ Townes, H. 1962. Design for a malaise trap. Proceeding of the Entomological Society Washington 64(4): 253-262.
  10. ^ Gressitt, J. L. and M. K. Gressitt (1962). "An Improved Malaise Trap". Pacific Insects 4 (1): 87–90.
  11. ^ Butler, G.D., Jr. 1965. A modified malaise trap. Pan-Pacific Entomologist 41(1): 51-53.
  12. ^ a b c d e 馬場・平嶋(1991)p.352
  13. ^ 馬場・平嶋(1991)p.354

参考文献[編集]

関連項目[編集]