マクマホンライン

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マクマホンライン

マクマホンラインとは、1914年に、チベット政府とイギリス領インド帝国の間で取り決められた国境線のことで、イギリス側の全権代表を務めたヘンリー・マクマホン卿の名前から付けられている。

辛亥革命1911年 - 1912年)によって清帝国が滅亡し国家体制が再編されると、1913年チベット・モンゴル相互承認条約によって共戴モンゴルガンデンポタンチベット政府は独立を画した。しかし、中華民国政府と妥協を図ろうとしたロシア帝国と英国がそれぞれ介入し、中華民国の主権下に、モンゴルとチベット両国とも完全な内政自治を行うことになった。モンゴルと組んだロシアはキャフタ条約英語版で国境線を確定させた。一方、チベットと組んだイギリスはシムラ会議を開催したものの、最終的に中国の同意を得ることができず、中華人民共和国成立後も、この国境線を中国は認めていない。そのため、この国境線が元で1959年中印国境紛争が勃発した。

日本の学校教育用地図帳では、この地域を所属未定としているか、マクマホンラインをインド北部国境としつつ、中国主張の国境も描くという手法をとっている。

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