ホワイトタイツ

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ホワイトタイツ(белые колготки)は、ロシア都市伝説に登場する女性の雇われスナイパーのことである。1980年代後半から様々な武力紛争に現れては、ロシア軍の対抗勢力に味方するといわれる[1]。この都市伝説によれば、ホワイトタイツはもともとバイアスロン選手で、民族主義に燃えて、ロシアをその仇とする傭兵に生まれ変わったアマゾンの如き金髪女性である。ふつうバルト三国の出身とされるが、その後のバリエーションではウクライナ人やロシア人女性とされることもあり、さまざまな人種で語られている。「ホワイトタイツ」という名前は、この女性スナイパーがウィンタースポーツ選手の着るような白い服装をしているという設定にちなむ。造語自体はナゴルノ・カラバフ戦争の時期が初出とされる[2][3]

歴史[編集]

この都市伝説につながる事象が初めて報告されるのは1980年代である。バルト系の非正規兵の女性が、アフガニスタン紛争においてソ連に抵抗するレジスタンスにまじって戦っているという噂が流れたのである[4]。ホワイトタイツを英語圏のメディアが初めて取りあげたのは、ソビエト連邦が崩壊し、ようやくチェチェン紛争が始まってからであった[5][6][7]。チェチェンに出没すると噂された「ホワイトタイツ」の存在を、バルト三国の特殊部隊や諜報機関の動きと結びつけようとする説や、チェチェン指導者のジョハル・ドゥダエフと独立したエストニア政府やリトアニアの政治家ヴィータウタス・ランズベルギスとのあいだの良好な関係を裏付けるものとする説などが語られた[8]。第二次チェチェン紛争初期におけるロシア政府の首席報道官であったセルゲイ・ヤストルジェムブスキーは、バルト系の女性スナイパーは実在すると語ったことがある。その根拠は「間違いを犯すことのない」ロシア軍の情報機関ゲーエルウーの掴んだ証拠であった。エストニア政府は、この主張を支える根拠について照会を行い、ロシアへ二度にわたって外交文書を送ったが、正式な回答はなかった[9]

その後[編集]

2008年の南オセチア紛争[編集]

2008年11月、ロシア連邦捜査委員会のトップであるアレクサンドル・バストリキンは、バルト系の傭兵には、2008年の南オセチア紛争ではジョージア側で参戦した者がいると述べており[10][11]、その中にはラトビア人の女性スナイパーが存在することを示唆したことがある[12][13]。紛争の初期には、ロシア・トゥデイ紙が南オセチアの情報筋の発言を報じており、いわく「街区〔ツヒンヴァリ〕で展開中の女性スナイパーの集団がおり」、「彼女たちが拘束した捕虜にはウクライナ人やバルト三国の市民も含まれている」[14]。こうした報道は、コーカサスで活躍したというホワイトタイツの伝説を復活させるに等しかった[13][15][16]。ラトビア防衛省の報道官アイリス・リクヴェリスは、バストリキンの発言について「ホワイトタイツという亡霊の噂は、ロシアの報道機関においてはすでに絶えて久しいと考えていたが、いまだロシア中に出回っていたとは」と否定的に発言している[17]

2014年のウクライナ騒乱[編集]

2014年5月2日、ロシアのニュースメディア「Life」のウクライナ特派員セルゲイ・ゴリャンジンは未確認情報としてスラヴャンスクの包囲戦において親ロシア陣営へ狙撃を行うバルト系の女性スナイパーの存在を報じている。

装甲兵員輸送車が到着し、ハルキウとロストフの途中のガソリンスタンにある検問所に砲撃が始まって1分たった。防衛側は、移動を余儀なくされている。検問所の指揮官が到着し、砲撃の最中で語ったところでは、スナイパーによる狙撃も受けており、何かバルト系の言葉を話す女性がそのスナイパーだという風に聞いているとのことだ。いまのところこの情報は検証できていない。あくまでこの検問所の指揮官の証言があるのみである[18][出典無効]

ポップカルチャーへの浸透[編集]

ホワイトタイツは、ロシアの一般的なメディアにも登場するようになった。例えばアレクサンドル・ネブゾロフの1997年の映画『煉獄』(Чистилище)などである。この作品では、2人のリトアニア人「バイアスロン選手」がサディスティックな雇われスナイパーとしてチェチェンの反政府組織のために戦う姿が描かれている[19]。アンドレイ・コンチャロフスキーの2002年の映画『ハウス・オブ・フールズ』(ロシア語原題: Дом дураков)では、シシリー・トムセンが演じるリトアニア人スナイパーがさらに肯定的に描かれている。

脚注[編集]

  1. ^ Абдулаева, Майнат (2000年4月13日). (Russian)Новая газета. http://2000.novayagazeta.ru/nomer/2000/13n/n13n-s17.shtml+2009年1月2日閲覧。  See Myth no. 3.
  2. ^ Янченков, Владимир (2000年4月1日). (Russian)Tpyд. http://www.trud.ru/issue/article.php?id=200004010600202+2009年1月2日閲覧。 
  3. ^ Маетная, Елизавета (2001年4月6日). (Russian)Moskovskij Komsomolets. http://www.mk.ru/blogs/idmk/2001/04/06/mk-daily/32983/+2009年1月2日閲覧。  (alt. link)
  4. ^ Rislakki, Jukka (2008). The Case for Latvia. Disinformation Campaigns Against a Small Nation: Fourteen Hard Questions and Straight Answers about a Baltic Country. Amsterdam; New York: Rodopi. p. 27. ISBN 978-90-420-2424-3. OCLC 237883206. https://books.google.com/?id=yXANj6Y_7goC&pg=PA27&lpg=PA27&dq=baltic+%22white+tights%22 
  5. ^ Whitmore, Brian (1999年10月9日). “Myth of Women Snipers Returns”. The Moscow Times. http://internal.moscowtimes.ru/indexes/1999/10/09/01.html 2008年12月7日閲覧。  (alt. link)
  6. ^ Higgins, Andrew (1995年3月11日). “Document check on the borders of madness”. The Independent. http://findarticles.com/p/articles/mi_qn4158/is_19950311/ai_n13970807 2008年12月4日閲覧。  [リンク切れ]
  7. ^ Faurby, Ib; Magnusson, Märta-Lisa (1999). “The Battle(s) of Grozny” (PDF). Baltic Defence Review 1999 (2): 77. ISSN 1736-1265. http://www.bdcol.ee/fileadmin/docs/bdreview/07bdr299.pdf 2008年12月4日閲覧。. 
  8. ^ Другая эстония” (Russian). Канал «Совершенно Секретно». 2008年12月4日閲覧。
  9. ^ “Are foreigners fighting there?”. The Economist. (2000年6月6日). http://www.economist.com/world/europe/displaystory.cfm?story_id=E1_QSQR 2008年12月7日閲覧. "このバルト系という金髪のスナイパーは「ベーリィ・カルゴートキ」(ホワイトタイツ)とロシア人から呼ばれている。好んで着るといわれる服装にちなんだ名前だが、その存在はますます謎めいたといっていい。エストニアは二度にわたって外交文書を送って、そう主張する根拠について問い合わせたが、返事はなかった。「彼女たちは実在する。軍事諜報機関がそう言っている。この組織は間違いを犯すことがない」"  (alt. Google Books link)
  10. ^ Dyomkin, Denis (2008年11月24日). “Russia says U.S. mercenaries, others fought for Georgia”. Reuters. https://www.reuters.com/article/topNews/idUSTRE4AN2S020081124 2008年12月4日閲覧。 
  11. ^ “Украинцы планируют убийства в Грузии?” (Russian). KMnews.RU. (2008年8月13日). http://www.km.ru/magazin/view.asp?id={5CE15A8F-9F1E-4C36-A007-0C818963B6CD} 2008年12月4日閲覧。 
  12. ^ LETA (2008年11月24日). “Krievija: Gruzijas pusē karoja NATO algotņi, arī Latvijas snaipere” (Latvian). Delfi.lv. http://www.delfi.lv/news/world/other/article.php?id=22473299 2008年12月4日閲覧。 
  13. ^ a b Winiarski, Michael (2008年11月30日). “Kallblodiga baltiska kvinnor går igen” (Swedish). Dagens Nyheter. http://www.dn.se/DNet/jsp/polopoly.jsp?d=3561&a=858176 2008年12月5日閲覧。 
  14. ^ “'Not enough coffins' as rescuers restore war-torn capital”. Russia Today. (2008年8月15日). http://www.russiatoday.com/news/news/29043 2008年12月4日閲覧。 
  15. ^ Hodge, Nathan (2008年11月25日). “The Return of 'White Tights': Mythical Female Snipers Stalk Russians”. 2008年12月4日閲覧。
  16. ^ Ozoliņš, Aivars (2008年11月26日). “Zeķbikses galvā” (Latvian). Diena. http://www.diena.lv/lat/politics/dienas_komentari/aivars-ozolins-zekbikses-galva 2008年12月4日閲覧。 
  17. ^ “Krievija: Gruzijas pusē karoja NATO algotņi, arī Latvijas snaipere” (Latvian). nra.lv. (2008年11月24日). http://www.nra.lv/zinas/12442-krievija-gruzijas-puse-karoja-nato-algotni-ari-latvijas-snaipere.htm 2008年12月4日閲覧. "Mēs jau bijām domājuši, ka "balto zeķubikšu rēgs" Krievijas presē ir miris, tomēr tagad mēs redzam, ka tas joprojām klīst par Krieviju[.]" 
  18. ^ Life News coverage (May 2, 2014)
  19. ^ Коняхов, Сергей (1998年4月4日). (Russian)Молодежь Эстонии. http://www.moles.ee/98/Apr/04/a-10.html+2008年12月7日閲覧. "Это как бы и не чеченцы: хладнокровно за доллары убивают биатлонистки-снайперши из Литвы - такая "у белых колготок" работа, отрезают головы пленным боевики из Афганистана - дикий народ, в отряде - непонятно откуда взявшееся черномазое отребье - наемники выглядят просто недоумками."