プリンス・ロイヤル (戦列艦)

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Willem van de Velde (II) - De verovering van het Engelse admiraalschip de 'Royal Prince'.jpg
艦歴
建造: ウリッジ工廠
進水: 1610年
竣工: 月日
その後: 1666年6月13日オランダに焼却される
性能諸元[1]
クラス: 55門ロイヤル・シップ
全長: 竜骨:115ft (35m)
全幅: 43ft 6in (13.3m)
喫水: 18ft (5.5m)
機関: 帆走(3本マストシップ
兵装: 各種口径の砲55門
性能諸元(1641年再建造)[2]
クラス: 70門艦
全長: 竜骨:115ft (35m)
全幅: 43ft (13m)
機関: 帆走(3本マストシップ
兵装: 各種口径の砲70門
性能諸元(1663年再建造)[3]
クラス: 92門1等戦列艦
全長: 竜骨:132ft (40m)
全幅: 45ft 2in (13.8m)
喫水: 18ft 10in (5.7m)
機関: 帆走(3本マストシップ
兵装: 各種口径の砲92門

プリンス・ロイヤル(HMS Prince Royal)はイングランド海軍の55門ロイヤル・シップウリッジ工廠フィニアス・ペット1世により1610年に進水した[1]

1641年、プリンス・ロイヤルはウリッジでピーター・ペットの手により70門艦に再建造される[2]イングランド共和国の時期にはレゾリューション(Resolution)と改名され、第一次英蘭戦争のほとんどの海戦に参加した。レゾリューションは1660年までに80門艦に改装されていた。王政復古とともにプリンス・ロイヤルに艦名を戻し、1663年にはウリッジ工廠でフィニアス・ペット2世により92門1等戦列艦として再建造された[3]

第二次英蘭戦争中の1666年、プリンス・ロイヤルはジョージ・アスキュー提督の旗艦として4日海戦に参加する。だがその3日目にプリンス・ロイヤルは座礁し、オランダ火船に迫られる。すると乗員はパニックに陥り、アスキューはコルネリス・トロンプ提督への降伏を強いられた。その後ミヒール・デ・ロイテル提督はプリンス・ロイヤルの焼却を命じたが、これは捕獲艦が奪還されることを防ぐためのオランダ海軍の一般的な方針である。

参加海戦[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b Lavery, Ships of the Line vol.1, p158.
  2. ^ a b Lavery, Ships of the Line vol.1, p159.
  3. ^ a b Lavery, Ships of the Line vol.1, p161.

参考文献[編集]

  • Lavery, Brian (2003) The Ship of the Line - Volume 1: The development of the battlefleet 1650-1850. Conway Maritime Press. ISBN 0-85177-252-8.

関連項目[編集]