ナノバクテリア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
隕石破片アラン・ヒルズ84001上で発見された構造

ナノバクテリア(nanobaterium、複数形: nanobacteria)は、生物の一種として提唱されている分類名である。具体的には、一般に生命の下限とされる大きさ(細菌の約200ナノメートル)よりもかなり小さな細胞壁を持つ、微生物の単位あるいは種類の名称である。ただし現在では、その正体は非生物の結晶であるとの見方が強い。

概要[編集]

元々は地層(と一つの隕石)において観察されたナノスケール構造に基いており、ナノバクテリアの扱いについては論争の的になっている。一部の研究者らはそれらが放射性標識したウリジンを取り込むことができ[1]、生物の新たな種類であると提案しており[2][3]、その他の研究者らはそれらをより単純な非生物的性質によるものであるとしている[4][5]。ある懐疑論者はナノバクテリアを「微生物学の常温核融合」と呼んだ[6]。「石灰化ナノ粒子」(calcifying nanoparticles、略称: CNPs)という用語も、生命体である可能性が低い意味合いで使用されている。

これまでの研究では、これらの構造が存在し、何らかの方法で複製しているように見えるということが合意されつつある[7]。しかしながら現在、それらが生命であるという考えはほぼ放棄されており、代わりにそれらの粒子は無機物あるいは有機分子の非生物的結晶化であると考えられている[8]。医学分野では、腎臓結石動脈プラークの形成と関連付けられている。

1981年〜2000年[編集]

1981年、TorellaおよびMoritaは超微小細菌(ultramicrobacteria)と呼ばれる非常に小さな細胞について報告した。1982年にMacDonellとHoodによって300 nmより小さいと特定され、一部は200 nm膜を通過できることが明らかにされた。1989年初頭、地質学者のRobert L. Folkは、後に彼が「ナノバクテリア」(nannobacteria、nの綴りが重なる)と識別したもの[9]、すなわちイタリアヴィテルボの温泉のトラバーチン中の地質学的標本から単離されたナノ粒子を発見した。当初はトラバーチンの沈殿の原因となる微生物を探索していたが、微生物が検出されない鉱物を走査型電子顕微鏡で調べたところ生物的に見える極めて小さな物体があることが明らかにされた。1992年のアメリカ地質学会年会における発表で、Folkの口から「ほとんど石のような静けさ」と彼が呼んだものが示された[10]。Folkは、ナノバクテリアが、水中で形成される地球上全ての鉱物および結晶の沈殿の主な作用因子であり、鉱物の全ての酸化の原因でもあり、多くの生物学的標本中に豊富に存在する、と提唱した[10]

1996年、NASAの科学者David McKayは、南極大陸で発見された火星起源の隕石ALH84001において、ナノ化石(火星のナノバクテリアの化石)の存在を示唆する研究を発表した[11]

1998年、ある種の病理学的石灰化(腎臓結石におけるアパタイト)の説明として、フィンランドのクオピオ大学のフィンランド人研究者Olavi Kajanderとトルコ人研究者Neva Ciftciogluは、Nanobacterium sanguineumという学名を提唱した。この研究者らによれば、粒子は微生物培地中で自己複製し、さらに研究者らは染色によってこれらの構造中にDNAを同定したと報告した[12]

NIHの科学者John Cisarによって率いられた研究チームによって2000年に発表された論文では、これらの着想がさらに検証された。この論文では、以前に「自己増殖」と表現されていたものは結晶成長の一形態であることが述べられている。Cisarらが用いた標本中で検出された唯一のDNAは、PCR反応における一般的な汚染物質である細菌Phyllobacterium mysinacearum由来であることが明らかにされた[4]

2001年〜現在[編集]

2004年、Franklin Cockerill、John Lieske、Virginia M. Millerによって率いられたメイヨー・クリニックのチームは、病的ヒト動脈ならびに腎臓結石からナノバクテリアを単離したと報告した。彼らの結果は2004年および2006年にそれぞれ発表された[13]。同様の発見は2005年にハンガリー、セゲド大学のDNA研究室László Puskásによって得られた。Puskásは、ヒトアテローム性動脈硬化大動脈壁およびアテローム性動脈硬化患者の血液サンプルから得られた培養物中にこれらの粒子を同定したが、これらの標本中にDNAを検出することはできなかった[14]

2005年、NASAのCiftciogluらの研究チームは、宇宙飛行士において腎臓結石が急速に形成される原因と疑われるナノバクテリアを培養するため、低重力状態のある側面を模倣する回転細胞培養フラスコを用いて実験を行った。この環境では、通常の地球重力よりも5倍速く増殖することが明らかとなった。研究では、ナノバクテリアは腎臓結石の形成において潜在的な役割を持っているかもしれず、フライト前の乗組員に対する検査が必要かもしれない、と結論付けられている[15]

2008年2月のPLoS Pathogens誌の論文は、ナノバクテリアの包括的な特性解析に重点的に取り組んだ。著者らは、彼らの結果は、生命体としてのナノバクテリアの存在を除外し、その代わりにそれらはユニークな自己増殖体、すなわち自己増殖無機物-フェチュイン複合体である、と述べた[16]

2008年4月のPNAS誌の論文でも、血液ナノバクテリアは生物ではなく、「in vitroで調製されたCaCO3沈殿は、均一な大きさ、膜で表現される小胞状の形状、細胞分裂様の形成とコロニーの形での凝集といった点において、うわさされているナノバクテリアと極めて似ている」と報告された[5]。こういった「生物の形態に似た」無機沈殿の成長は、2009年のScience誌の論文で詳細に研究され、独特な結晶成長機構によって塩化バリウムとシリカの溶液から原始的な生物に非常によく似た毒重石が産み出されることが示された[17]。著者らは、これらの結晶と推定上のナノバクテリアが酷似していることについて解説し、彼らの結果は生命の証拠は形態学のみに基づくことはできないことを示している、と述べた。

2013年9月、岡山大学の研究グループはNanomedicine誌・電子版の論文で、ナノバクテリアは生物ではなく、カルシウムを特異的に結合する酸化脂質を足場として成長する炭酸アパタイトの結晶そのものであることを解明した、と発表した[18]。自己増殖は、酸化脂質とカルシウムで形成されるラメラ構造(液晶構造)を足場に、アパタイトの結晶化が連続的に進展する現象であるとした。その酸化脂質の由来は、フィンランドの研究グループが他の微生物の混入による実験室内汚染を避けるために推奨した、培養液に添加するウシ胎児血清へのγ線照射(照射による脂質過酸化)が主たる要因となっていた。生活習慣病については、感染性で細胞毒性を示すナノバクテリアが石灰化を伴う局所病変を惹起するのではなく、炎症性局所病変での酸化ストレスにより粒子形成の足場となる酸化脂質が産生されるものだと考えられる。すなわち、ナノバクテリアが病気の原因なのではなく、病気の副産物で生じるものだとした。

脚注[編集]

  1. ^ Miller V, Rodgers G, Charlesworth J, Kirkland B, Severson S, Rasmussen T, Yagubyan M, Rodgers J, Cockerill F, Folk R, Rzewuska-Lech E, Kumar V, Farell-Baril G, Lieske J (2004). “Evidence of nanobacterial-like structures in calcified human arteries and cardiac valves”. Am J Physiol Heart Circ Physiol 287 (3): H1115–24. doi:10.1152/ajpheart.00075.2004. PMID 15142839. http://ajpheart.physiology.org/cgi/content/full/287/3/H1115. 
  2. ^ Kajander E (2006). “Nanobacteria—propagating calcifying nanoparticles”. Lett Appl Microbiol 42 (6): 549–52. doi:10.1111/j.1472-765X.2006.01945.x. PMID 16706890. 
  3. ^ Ciftcioglu N, McKay D, Mathew G, Kajander E (2006). “Nanobacteria: fact or fiction? Characteristics, detection, and medical importance of novel self-replicating, calcifying nanoparticles”. J Investig Med 54 (7): 385–94. doi:10.2310/6650.2006.06018. PMID 17169260. 
  4. ^ a b Cisar J, Xu D, Thompson J, Swaim W, Hu L, Kopecko D (2000). “An alternative interpretation of nanobacteria-induced biomineralization”. Proc Natl Acad Sci USA 97 (21): 11511–5. Bibcode 2000PNAS...9711511C. doi:10.1073/pnas.97.21.11511. PMC 17231. PMID 11027350. http://www.pnas.org/cgi/content/full/97/21/11511. 
  5. ^ a b Martel J, Young JD (April 2008). “Purported nanobacteria in human blood as calcium carbonate nanoparticles”. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 105 (14): 5549–54. Bibcode 2008PNAS..105.5549M. doi:10.1073/pnas.0711744105. PMC 2291092. PMID 18385376. http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?tool=pmcentrez&artid=2291092. 
  6. ^ Jack Maniloff, quoted in "The Rise and Fall of Nanobacteria", Young and Martel, Scientific American, January 2010
  7. ^ Raoult, D; Drancourt, M; Azza, S; Nappez, C; Guieu, R; Rolain, JM; Fourquet, P; Campagna, B et al. (2008). “Nanobacteria Are Mineralo Fetuin Complexes”. PLoS Pathogens 4 (2): e41. doi:10.1371/journal.ppat.0040041. PMC 2242841. PMID 18282102. http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?tool=pmcentrez&artid=2242841. 
  8. ^ "The Rise and Fall of Nanobacteria", Young and Martel, Scientific American, January 2010
  9. ^ 研究者の間では地質学的標本から単離されたナノ粒子をnが重なるnannobacteria、生物学的標本からものをnannobacteriaと表記する慣習がある。
  10. ^ a b Folk, Robert L. (1997年3月4日). “Nanobacteria: surely not figments, but what under heaven are they?”. naturalSCIENCE. 2008年12月20日閲覧。
  11. ^ McKay, David S.; et al. (1996). “Search for Past Life on Mars: Possible Relic Biogenic Activity in Martian Meteorite ALH84001”. Science 273 (5277): 924–930. Bibcode 1996Sci...273..924M. doi:10.1126/science.273.5277.924. PMID 8688069. 
  12. ^ Kajander E, Ciftçioglu N (1998). “Nanobacteria: An alternative mechanism for pathogenic intra- and extracellular calcification and stone formation”. Proc Natl Acad Sci USA 95 (14): 8274–9. Bibcode 1998PNAS...95.8274K. doi:10.1073/pnas.95.14.8274. PMC 20966. PMID 9653177. http://www.pnas.org/cgi/content/full/95/14/8274. 
  13. ^ Kumar V, Farell G, Yu S, et al. (November 2006). “Cell biology of pathologic renal calcification: contribution of crystal transcytosis, cell-mediated calcification, and nanoparticles”. J. Investig. Med. 54 (7): 412–24. doi:10.2310/6650.2006.06021. PMID 17169263. 
  14. ^ Puskás L, Tiszlavicz L, Rázga Z, Torday L, Krenács T, Papp J (2005). “Detection of nanobacteria-like particles in human atherosclerotic plaques”. Acta Biol Hung 56 (3–4): 233–45. doi:10.1556/ABiol.56.2005.3-4.7. PMID 16196199. 
  15. ^ Ciftçioglu N, Haddad R, Golden D, Morrison D, McKay D (2005). “A potential cause for kidney stone formation during space flights: enhanced growth of nanobacteria in microgravity”. Kidney Int 67 (2): 483–91. doi:10.1111/j.1523-1755.2005.67105.x. PMID 15673296. 
  16. ^ Raoult D, Drancourt M, Azza S, et al. (February 2008). “Nanobacteria Are Mineralo Fetuin Complexes”. PLoS Pathog. 4 (2): e41. doi:10.1371/journal.ppat.0040041. PMC 2242841. PMID 18282102. http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?tool=pmcentrez&artid=2242841. 
  17. ^ García-Ruiz JM, Melero-García E, Hyde ST (January 2009). “Morphogenesis of self-assembled nanocrystalline materials of barium carbonate and silica”. Science 323 (5912): 362–5. Bibcode 2009Sci...323..362G. doi:10.1126/science.1165349. PMID 19150841. http://garciaruiz.com/biomorphs/Science_2009_files/Morphogenesis%20of%20Self-Assembled%20Nanocrystalline_JM_science_2009_1.pdf. 
  18. ^ 岡大、謎の微生物「ナノバクテリア」の正体を解明 - 長年の論争に終止符 マイナビニュース(2013.12.26)

推薦文献[編集]

関連項目[編集]