トマス・ハバード (外交官)

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トマス・ハバード

トマス・ハバード(Thomas C. Hubbard, 1943年 - )は、アメリカ合衆国外交官

生涯[編集]

1943年にケンタッキー州にて誕生[1]アラバマ大学では、学生友愛会ファイ・ベータ・カッパに所属していた[1]。1965年アラバマ大学卒、国務省入省[1]

在ドミニカ米国大使館を経て、1969年に日本・横浜の国務省日本語研修所にて日本語研修[1]。続いて在福岡米国領事館で経済担当官[1]。1971年から1973年まで、東京の在日本米国大使館政治部[1]。1973年から1975年まで、国務省本省の東アジア・太平洋局日本部にて経済担当官[1]。1975年1月、経済協力開発機構米国代表部勤務となり、フランス・パリに赴任[1]。エネルギー担当官などを務めた[1]。1978年8月にパリでの勤務を終え、再び在東京大使館政治部に勤務[1]

1981年にワシントンD.C.に帰国[2]。1982年まで共和党下院議員ジム・リーチ(アイオワ州選出)の議会補佐官を務めた後[2]、国務省人事局にて教育・連絡の担当官として勤務[2]。1984年から1985年まで東アジア・太平洋局フィリピン部にて副部長[1]。1985年6月から1987年まで東アジア・太平洋局日本部長[2]。1987年から1990年まで駐マレーシア首席公使[2]。1989年に公使参事官に昇級[1]。1990年から1993年まで駐フィリピン首席公使[1]。1993年から1996年まで首席国務次官補代理(東アジア・太平洋担当)[2]。1996年から2000年まで駐フィリピン大使および駐パラオ大使[3]。2001年から2004年まで駐韓国大使[3]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m State Department Archived Biographies -- Thomas C. Hubbard”. Bureau of East Asian and Pacific Affairs, U.S. Department of State (1998年). 2011年4月20日閲覧。
  2. ^ a b c d e f U.S. Ambassadors to Korea” (2004年). 2009年1月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年4月20日閲覧。
  3. ^ a b Thomas C. Hubbard (1943-)”. Office of the Historian, Bureau of Public Affairs, United States Department of State. 2011年4月20日閲覧。
公職
先代:
デュセイ・アンダーソン
アメリカ合衆国国務省東アジア・太平洋局日本部長
1985年 - 1987年
次代:
ウィリアム・タリー・ブリアー
外交職
先代:
ジョン・ネグロポンテ
在フィリピンアメリカ合衆国大使
1996年9月3日 - 2000年7月24日
次代:
フランシス・リチアードン
先代:
-
在パラオアメリカ合衆国大使
1996年12月6日 - 2000年7月24日
次代:
フランシス・リチアードン
先代:
スティーブン・ボズワース
在大韓民国アメリカ合衆国大使
2001年9月12日 - 2004年4月17日
次代:
クリストファー・ヒル