ダニエル・ディアス
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| 名前 | ||||||
| 本名 | ダニエル・アルベルト・ディアス | |||||
| 愛称 | カタ | |||||
| ラテン文字 | Daniel Díaz | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1979年3月13日(34歳) | |||||
| 出身地 | サン・フェルナンド・デ・カタマルカ | |||||
| 身長 | 182cm | |||||
| 体重 | 74kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | DF | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| 代表歴2 | ||||||
| 2003-2009 | 12 (1) | |||||
| 2. 2011年6月29日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ダニエル・アルベルト・ディアス(Daniel Alberto Díaz、1979年3月13日 - )は、アルゼンチン・カタマルカ州サン・フェルナンド・デ・カタマルカ出身のサッカー選手。ポジションはDF。リーガ・エスパニョーラのアトレティコ・マドリードに所属。
愛称の「カタ」は出身がカタマルカであることに由来している。
目次 |
略歴 [編集]
地元カタマルカのクラブからロサリオ・セントラルに引き抜かれ2000年にデビューを飾る。2003年にはメキシコのクルス・アスルへと移籍するが、コロン・デ・サンタフェ監督だったアルフィオ・バシーレからのラブコールに応えるため1シーズンで退団。そのコロンでの活躍が認められ、ボカ・ジュニアーズとCAリーベル・プレートからオファーを受けるが、バシーレが新監督として就任したボカへの移籍を即決する。バシーレが去った後もボカ不動のセンターバックとして活躍。2007年7月4日、リーガ・エスパニョーラのヘタフェCFへ移籍し、ディフェンス陣の要として不動の地位を築いた。2010-11シーズンのヘタフェCFは37節を終えて16位と低迷していたが、最終節のレアル・ソシエダ戦(1-1)では先制点を挙げ、降格したデポルティーボ・ラ・コルーニャと勝ち点1差での残留に貢献した[1]。2012年6月15日、アトレティコ・マドリードへの移籍が決定した。
アルゼンチン代表経験は少ないが、アルゼンチン代表元監督のバシーレとの関係は深い。ディエゴ・マラドーナ監督の下でも招集されている。2009年6月6日のワールドカップ予選・コロンビア戦で代表初ゴール。
所属クラブ [編集]
ロサリオ・セントラル 2000-2003
クルス・アスル 2003-2004
コロン・デ・サンタフェ 2004-2005
ボカ・ジュニアーズ 2005-2007
ヘタフェCF 2007-2012
アトレティコ・マドリード 2012-
タイトル [編集]
- アルゼンチンプロサッカーリーグ 2005前期リーグ, 2006後期リーグ
- コパ・リベルタドーレス 2007
- コパ・スダメリカーナ 2005
- レコパ・スダメリカーナ 2005, 2006
- UEFAスーパーカップ 2012
- コパ・デル・レイ 2012-13
脚注 [編集]
- ^ 「最も有利な13位マジョルカ、他力本願で辛くも残留へ」 footballista、ソルメディア、2011年6月1日号、22頁
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