ゼッキーノ

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ヴェネツィア最後のドージェルドヴィーコ・マニンのゼッキーノ

ゼッキーノ (Zecchino) は、ヴェネツィアの金貨でフィレンツェのフィオリーノと同じ重さである。1284年からヴェネツィア共和国で発行されていた。またドゥカートという名前でも知られていた。

フランチェスコ・ヴェニエル総督(1554年1559年) により、当初一般的にゼッキーノと呼ばれた。この時期には7リラ12ソルドの価値があった。 分割された半ゼッキーノや4分の1ゼッキーノ、まとめられた2、3、10、12、100ゼッキーノなどが発行された

共和国の滅亡後は皇帝フランツ2世の名前でオーストリアから発行された。

表面にはドージェが聖マルコに跪いていて、裏面はキリストが描かれている。 ヴェネトのゼッキーノの金含有量は時代によってまちまちであったが、平均3.494から3.559グラムの重量で純金であった。(997‰)

17世紀の初めのヴェネツィアにおいて、10リラの価値の1ゼッキーノ銀貨(Zecchino d'argento)が鋳造された。

他のゼッキーノ[編集]

イタリアにおいて、ルッカ(1572年)、ジェノヴァ(1718年)、ローマ、ボローニャなどの鋳造所で、この名前で貨幣が発行された。

トスカーナでもカルロ・エマヌエーレ3世マリア・テレジアによりロンバルディア用に発行された。

スレイマン1世 のゼッキーノ(1520年)

貨幣はロードス騎士団マルタ騎士団や中東のキリスト諸国にも使われた。

さらにこの名前は1478年頃にはオスマン帝国の貨幣にまで持ち込まれた。


関連項目[編集]