セネト

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セネトをしているネフェルタリ - エジプトの女王ネフェルタリ(紀元前1295年 - 紀元前1255年)の墓に描かれた絵

セネト (ヒエログリフ: 𓊃:𓈖-𓏏 - Sn.tSenet または Senat[1])は、紀元前3500年ころの王朝誕生前のエジプトen:Prehistoric Egypt)と古代エジプトに存在した、確認されている最古のボードゲーム[2]。正式なエジプト名は sn.t n.t H'b で「通過ゲーム」の意。

歴史[編集]

これまで発掘されたあらゆる古代のボードゲームの中で、最も古い遺物がセネトであり、おそらく世界最古のそれである。王朝誕生以前のエジプト(紀元前3500年頃)とエジプト第1王朝(紀元前3100年頃)の両方の墓で発見されている。また、Merknera(紀元前3300年 - 紀元前2700年)や、エジプト第3王朝Hesy-Ra(紀元前2686年頃 - 紀元前2613年)、Rashepes(紀元前2500年頃)の墓の絵の中にもセネトが描かれている。

エジプト新王国の時代(紀元前1567年 - 紀元前1085年)には、セネトは死者の旅のための護符になった。ゲームにおける運の要素と、エジプト人の決定論への信頼がその理由で、成功したプレイヤーは、国の神殿の偉大な神々、ラートート、しばしばオシリスらによって守られると信じられていた。そのため、来世までの危険な旅のために、セネトは大抵、墓の中で他の実用品と共に置かれ、ゲームは死者の書の第17章で言及された。ゲームはレバントキプロスクレタにも広がったが、宗教的な意味は弱まった。

遊び方[編集]

セネトのゲーム盤には、30個の四角のマス目があり、10行が3列ある。2揃いの駒(それぞれ、少なくとも5つの駒があり、それ以上のものもある)を使う。セネトは2人のプレイヤーによる、レースゲームである。駒の移動は投げ棒や、しばしば指関節の骨を放る事によって決定された。

実際のルールは、歴史学者による学識に基づく推定が行われたが、まだ議論の的になっている。ティモシー・ケンダルとR・C・ベルの2人のセネト歴史学者は、それぞれ異なるゲームのルールを提案した。これらのルールはセネトのゲームを販売する別々の会社に採用された。

注記[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]