スマントリ

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スマントリ
Sumantri
東ノースウォール・フィルン英語版(万年雪)に覆われたスマントリ(中央の尖った峰)とンガ・プル(右の平らな峰)
最高地点
標高4,870 m (15,980 ft)
プロミネンス350 m (1,150 ft)
座標南緯4度03分43秒 東経137度11分06秒 / 南緯4.06194度 東経137.18500度 / -4.06194; 137.18500座標: 南緯4度03分43秒 東経137度11分06秒 / 南緯4.06194度 東経137.18500度 / -4.06194; 137.18500
地形
所属山脈スディルマン山脈
登山
初登頂1962年2月
最容易
ルート
rock/snow/ice climb
プロジェクト 山

スマントリ(Sumantri, Soemantri, Soemantri Brodjonegoro[1][2])は、ニューギニア島スディルマン山脈の西方にある、オセアニアの最高峰であるプンチャック・ジャヤ(カルステンツ・ピラミッド)(4884m)の付属峰である。標高は4870mである。

プンチャック・ジャヤ主峰の北東約2kmの位置にある。スマントリの北側は、カルテンツ山塊の北壁となっており、山の東側と西側が巨大な崖になっている。かつては山頂の南側がノースウォール・フィルンと呼ばれる万年雪に覆われていたが、現在は英語版西英語版に分かれている[2]

名称[編集]

1973年まで、この山と現在のンガ・プルがそれぞれンガ・プルの北西峰・南東峰と呼ばれていた。

1936年のカルステンツ探検では、この山は「北壁の第2峰」と呼ばれた[3]ハインリヒ・ハラーは、1962年に描かれた地図上で北西峰(現在のスマントリ)をンガ・プル(Ngapalu)とし、南東峰(現在のンガ・プル)をサンデー峰(Sunday Peak)とした。ディック・アイザウッドは、1972年に両峰に登頂したときの記録でハラーの命名を踏襲し、現在のスマントリを"Ngana Poloe"、現在のンガ・プルを"Sunday Peak"とした[4]

1973年、インドネシア政府はンガ・プル北西峰の名前を、同年に職務中に47歳で亡くなったエネルギー鉱物資源大臣、スマントリ・ブロジョネゴロ(Sumantri Brodjonegoro)に因みスマントリと改称した。

登頂歴[編集]

ンガ・プル南西峰(現在のンガ・プル)は、1936年にオランダ隊(アントン・コレイン英語版ジャン=ジャック・ドージィフリッツ・ウィッスルオランダ語版)によって初登頂された[3]。北東峰(現在のスマントリ)は、1962年2月にハインリヒ・ハラー、フィリップ・テンプル英語版、ラッセル・キパックス、バート・ホイジンガによって初登頂されたが、これはプンチャック・ジャヤの初登頂よりも後だった。

高さ600メートルの北の崖は、1971年9月27日にラインホルト・メスナーが単独で初登頂した。彼は同じ週にプンチャック・ジャヤへの第二登を果たしたところだった[5]。1年後、レオ・マレー、ジャック・ベインズ、ディック・アイザウッドは、ンガ・プルの両峰に登り、メスナーが北面に残していたペグを発見した[4][5]

地質と氷河[編集]

ニューギニア島中部の山々は、インド・オーストラリアプレート太平洋プレートが衝突し、沈み込みと隆起の両方をもたらしたことによって形成されている。このエリアの山の表面は石灰岩である。その結果、ピークの山頂ブロックが非常に威圧的に見えるにもかかわらず、実際には非常に簡単にはい登ることができる。

ンガ・プル南東峰から万年雪が溶けて消失したため、現在スマントリはプンチャック・ジャヤ北峰の最高地点になっている。さらに、メレン氷河が完全に消失したため、プロミネンスは200mから350mに増加した。スマントリはオセアニア第2の高峰とみなされることがあり、その場合、セブン・セカンド・サミットのリストに入ることになる[6][7][8][9]

脚注[編集]

  1. ^ Gunung-gunung Indonesia
  2. ^ a b SummitPost.org: Sumantri - Climbing, Hiking & Mountaineering
  3. ^ a b Jean Jacques Dozy (2002) Vom höchsten Gipfel bis in die tiefste Grube. Entdeckung und Erschliessung der Gold - und Kupfererz - Lagerstätten von Irian Jaya, Indonesien Archived 2012-04-02 at the Wayback Machine., Bull. angew. Geol. 7, pp 67-80.
  4. ^ a b R.J. Isherwood, The Dugundugoo, The Alpine Journal 1973, pp 188-194.
  5. ^ a b Reinhold Messner, Die Freheit aufzubrechen, whoin ich will, Piper Verlag, Munich, 1989, pp. 189-194.
  6. ^ Sumantri - Ngga Pulu
  7. ^ Skyrunning.at: Sumantri - the true #2
  8. ^ Eberhard Jurgalski: Triple Seven Summits (download, pdf) (8000ers.com, 2013)
  9. ^ Heinrich Harrer: Beyond Seven Years in Tibet: My Life Before, During, and After (2007) pp. 283-290

外部リンク[編集]