スペーシア

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スペーシア (SPACIA) とは、東武鉄道が保有する観光特急用100系電車の愛称であり、同社の観光特急のブランドである。

本項では、100系「スペーシア」によって運行される東武特急(「けごん」「きぬ」)の他、300系・350系によって運行される東武日光線系統のその他の特急列車(「きりふり」「ゆのさと」)、また、浅草日光鬼怒川方面を結ぶ優等列車の歴史についても著述する。

スペーシア(100系)
(2007年11月3日 姫宮~東武動物公園にて撮影)
スペーシア(100系)
(2008年10月30日 春日部にて撮影)

目次

[編集] 東武日光線特急列車群

現在、200系・250系によって運行される東武伊勢崎線の特急の愛称は「りょうもう」に統一されているが、100系「スペーシア」によって運行される日光線の特急の愛称は「けごん」(日光線各駅発着便)と「きぬ」東武鬼怒川線各駅発着便)があり、また300系・350系で運行される東武日光線の特急の愛称は「しもつけ」東武宇都宮線・「きりふり」(東武日光線)・「ゆのさと」(東武鬼怒川線)が用いられている。また、JR新宿駅東武日光駅鬼怒川温泉駅間にはJR山手線・同宇都宮線経由でJR-東武直通特急「日光」「きぬがわ」が運行されており、使用車両が東武鉄道車両100系「スペーシア」の場合には、列車名に「スぺーシア」が冠されて案内されている。

本節では、主に浅草駅を発着する東武日光線系統の特急列車群について詳述し、以下の列車については各列車項目に記載する。

[編集] 運行概況

「けごん」「きぬ」の歴史は古く、第二次世界大戦中に運行休止はあったものの、日光線開業直後から長らく運行されて来た歴史がある。また、東京 - 日光間では国鉄JR東日本東北本線(現在は宇都宮線の愛称で呼ばれる)・日光線と並行しており、かつては激しい競争も行われたが、「(スペーシア)日光」「(スペーシア)きぬがわ」の運行開始をもって首都圏と日光・鬼怒川、さらには会津までを結ぶ観光列車としての位置付けを確固たるものとした様相がある一方で、首都圏の通勤輸送・地域輸送という側面も益々重要となってきている。

特急を補完する形で運行されてきた有料急行「きりふり」「ゆのさと」は2006年3月18日から特急に昇格したものの、通勤客向けの「きりふり」は料金やサービスが据え置かれた他、従来の観光急行「ゆのさと」は定期運行がなくなり、臨時列車としても極めて稀な運行となっており、運休状態が続いている。

また、臨時列車だが、私鉄で唯一の夜行列車が運行されている。

ともに下りのみの運転で、連絡バス乗車券やスキー場施設利用券などとセットで販売されることが基本である。詳細は東武鉄道夜行列車を参照のこと。

行楽シーズンに運転される臨時特急「きりふり」
(2007年8月19日 姫宮駅にて撮影)

[編集] 列車名・運行区間など

東武日光線の各特急列車名・運行区間は以下のとおり。

なお、列車は上りが偶数、下りが奇数をそれぞれ出発順に符番しており、列車名の後に1号~から符番される。ただし、臨時列車ではこのパターンが崩れる場合がある。

  • けごん:0番台(新栃木駅を始発・終着とする「けごん204号」と「けごん239号」は例外)
  • きぬ:100番台
  • その他:200番台

[編集] 連絡列車

下今市駅で鬼怒川線からの特急と接続する「特急連絡」列車
(2008年10月28日 上今市駅にて撮影)

[編集] 下今市駅接続の「連絡列車」

東武日光駅発着の特急列車は分岐点の下今市駅鬼怒川線の「連絡列車」と、また鬼怒川線発着の特急列車は同駅で東武日光駅発着の「連絡列車」と接続し、利用客の利便性が図られている。

使用車両は主に6050系が使われるが、このうち鬼怒川線発着の「きぬ」に連絡する東武日光駅発着の「連絡列車」には100系などの特急用車両が充てられる場合があり、これについては「きぬ」の特急券を所有していないと乗車できない制限を設けている。停車駅も下今市駅~東武日光駅間を無停車で運行される。

なお、2006年3月18日ダイヤ改正以前の鬼怒川線特急列車に接続する「連絡列車」[3]は、使用車種に係わらずほぼすべての列車が特急と同様に無停車で運行されていた。また、東武日光駅発着の特急列車にも鬼怒川線を特急に準じた停車駅で連絡列車が運行されていたが、ともに各駅に停車するようになった。

[編集] 野岩鉄道・会津鉄道接続列車

1986年昭和61年)10月9日野岩鉄道会津鬼怒川線開業後は、東武特急が鬼怒川温泉駅などで野岩鉄道鬼怒川線の列車と短時間で接続するダイヤを組んでおり、東武日光線沿線から同線、さらには会津鉄道会津線JR只見線を経由して福島県会津若松市会津若松駅に至る沿線各地の旅客利便性に寄与している。

会津線の一部区間(会津高原尾瀬口駅(当時は会津高原駅)~会津田島駅)が電化(1990年平成2年)10月12日)された後は、快速急行「おじか」→急行「南会津」(浅草駅~会津田島駅)が運行され、会津高原駅で会津鉄道快速「AIZUマウントエクスプレス」8500系)に接続することによって、1回の乗り換えで都内と会津若松駅が結ばれるようになった。

2005年(平成17年)2月28日付けで急行「南会津」が廃止された後は、快速「AIZUマウントエクスプレス」が鬼怒川線に乗り入れ、鬼怒川温泉駅で特急「きぬ」と接続するダイヤに変更されている[4]

[編集] 料金制度

全列車が座席指定席制を採用しているが、従前の特急・急行料金が基本となっている。そのため、使用車両の違いがそのまま料金の差となる。なお、適用列車は下記の使用車両を参照のこと。

  1. 100系…従前の特急料金(2006年3月18日から直通運転を開始したJR485系も100系と同じ)
  2. 300系・350系…従前の急行料金

100系を使用する「けごん」「きぬ」については、2003年平成15年)3月19日から特急・急行料金を値下げするとともに乗車日や列車により「平日料金」「土休日料金」と「午後割」「夜割」の制度が設けられている。後者が適用されると従前の急行料金に相当する額で特急に乗車できる。また、後者については列車指定であることからともに出発駅より適用される。

  • 午後割:浅草駅発平日12時~16時、土曜・休日14~16時発の「けごん」「きぬ」
  • 夜割:東武日光・鬼怒川温泉・鬼怒川公園各駅発平日17時、土曜・休日18時以降発の「けごん」「きぬ」

100系「スペーシア」には大人4名まで利用可能なコンパートメント席が設けられており、これには特急料金を含め1区画ごとで発行される。なお、料金は2003年3月19日からの値下げに伴い「平日料金」「土休日料金」を設定している。

[編集] 運転日について

特急列車は基本的に毎日運転されるが、期間により運転されない日がある。そのため、2期間別に設定して運転を行っている。

[編集] 停車駅

東武日光線系統特急停車駅
路線名 列車名\駅名 けごん きぬ きりふり ゆのさと
定期列車
(283号)※1
臨時列車
伊勢崎線 浅草駅
北千住駅
春日部駅
東武動物公園駅
日光線
杉戸高野台駅
幸手駅
南栗橋駅
栃木駅  
新栃木駅  
新鹿沼駅  
下今市駅  
東武日光駅  
鬼怒川線 新高徳駅      
鬼怒川温泉駅      
鬼怒川公園駅      
新藤原駅      
使用車両 100系
「スペーシア」
300系 300系・350系
凡例 
●:停車、 ▲:始発・終着列車のみ停車、 |:通過、 空欄・∥:経由せず


  • 色の区間内は特急券不要



[編集] 東武日光線優等列車沿革

[編集] 戦前・日光線開業と特急新設

  • 1929年昭和4年) - 日光線全線開業により週末限定で「特急」の運行を開始。
    • 運行区間は浅草駅(現在の業平橋駅)~東武日光駅間で、途中停車駅は杉戸駅新古河駅下今市駅だった。速達サービスの対価として特急券を発売しなかったことから2007年現在の東武鉄道の「快速」に相当する格の列車であり、また専用車両も特に設定されていなかった。
    • また、運転距離は135kmと100kmを超すものであり、このような長距離での電車による運行は当時鉄道について最先端をいくとされた関西でも大軌・参急(現・近鉄1930年~)位しか例がなかったため、その点でも画期的だった。
  • 1930年(昭和5年) - 伊勢崎線直通列車と杉戸駅での増・解結で運行する「急行」の運行開始。また、特急に展望車トク500形の連結開始。
    • 運行実態は「急行」の方が2007年現在の「快速」に近いものである。また、特急に連結された展望車「トク500形」は省線二等車に相当する特別席として設定されていた。定員20名。車内の内装は当時の東海道本線特別急行列車富士」の展望車に準じたオープンデッキ・サロンを有した造りだった。しかし、車両の構造としては制御装置を持った電車ではなく客車に近いものだったため、常に最後尾に連結せざるを得ず、使用時に際して入れ換えなどをしていたなどと言われる。
  • 1931年(昭和6年) - 浅草雷門駅(現在の浅草駅)開業により「特急」を毎日運行開始。
  • 1935年(昭和10年) - デハ10系が「特急」に就役。
  • 1937年(昭和12年) - 「特急」が鬼怒川温泉駅に乗り入れ。
  • 1942年(昭和17年) - 「特急」運行休止。
  • 1943年(昭和18年) - 「特急」廃止。
    • 「戦時輸送優先により」、沿線に軍需工場があった伊勢崎線・宇都宮線方面への輸送にシフトしたことによる。なお、末期は不定期列車2往復のみとなっていた。

[編集] 戦後・再開から発展へ

  • 1948年(昭和23年)6月11日 - 日本での進駐軍(GHQ連合国軍)の「要請」により「特急」浅草駅-東武日光駅間で運行再開。
    • 運行形態としては、国鉄二等客車を進駐軍専用車両とし、電車でそれを牽く形態で、当初は金~日曜日の1日1往復とされた。
  • 1948年(昭和23年)8月6日 - 進駐軍専用列車の牽引電車に定員制だが「華厳」として一般乗客を乗車させる事とし、浅草駅-鬼怒川温泉駅間の特急として「鬼怒」の運行を再開。
    • この列車に自由定員制の特急券(当時は急行券名義)を設定した。また、進駐軍専用列車以外はロングシート車が充てられた。なお、「鬼怒」は土曜日のみ設定された。
  • 1949年(昭和24年) - デハ10系の復旧に伴い全車両を「華厳」「鬼怒」に充当することが可能になり、「華厳」が毎日運行となる。これに伴い下今市駅で「華厳」の分割運転も開始され、浅草駅~東武日光駅・鬼怒川温泉駅間での運行となる。また、進駐軍専用列車の運用を終了する。
  • 1950年(昭和25年) - 「鬼怒」にトク500形展望車連結を再開。
    • 1949年にオープンデッキ方式から密閉式への改造を受けた上で団体用車両として使用されていたが、定期列車用車両として使用を再開したのは同年からである。しかし、5700系の就役に伴い翌1950年には定期列車での使用が中止される。
  • 1951年(昭和26年) - 5700系就役。この頃より列車名も「けごん」「きぬ」平仮名表記となる。また新たに鬼怒川線発着の特急に「おじか」、日光線・鬼怒川線併結特急に「さち」の愛称名が付される。
  • 1952年(昭和27年) - 急行券の制度を座席指定制に変更。
  • 1953年(昭和28年) - 5700系の増備に伴い5310系を観光用「快速」列車として使用を開始する。
  • 1956年(昭和31年) - 特急専用車両として1700系の運用を開始。
    • これにより一部の5700系を急行専用車両に格下げ、急行券を要する急行に使用されることとなった。なお、同系列の急行用車両には車体に青帯を描いたことから「青帯車」と称し、特急専用車両である1700系と5720系は白帯を描いたことから「白帯車」と称された。また、この急行の運転に伴い従来の日光線特急に要した「急行券」を「特別急行券」の名称に変更。この時設定された日光線発着特急に「きりふり」「たかはら」(「たかはら」は鬼怒川線発着併結便にも使用された)、鬼怒川線発着特急に「ゆのはな」の愛称名が付された。また同時に有料急行にも愛称が付され、日光線発着急行に「あかなぎ」「なんたい」「にょほう」、鬼怒川線発着急行に「いかり」「ゆにし」「りゅうおう」が使用された。
      • 特急停車駅:浅草 - 下今市 - 東武日光・鬼怒川温泉
      • 運転本数:浅草 - 東武日光間(特急毎日4往復、急行毎日2往復)、浅草 - 鬼怒川温泉間(特急毎日3往復、急行平日1往復土日は2往復)
  • 1957年(昭和32年) - 1700系を増備し特急専用車両を同形式に統一。また「けごん」に浅草駅~東武日光駅間ノンストップ列車の運行(朝下り3本、夕上り1本)を開始。
    • これには1956年に運行を開始した国鉄日光線準急日光」に対抗するための輸送量と速度の向上ということが理由として挙げられる。
  • 1958年(昭和33年) - 「準快速」運行開始。
    • この頃の下今市から先の特急接続はバス連絡であった。
      • 特急停車駅:浅草 - 下今市 - 東武日光・鬼怒川温泉
      • 運転本数:浅草 - 東武日光間(特急毎日3往復、急行平日2往復日曜は3往復)、浅草 - 鬼怒川温泉間(特急毎日3.5往復、急行平日1往復土曜は3往復)
  • 1959年(昭和34年) - 秋季より浅草駅-東武宇都宮駅間運行の有料急行が廃止となった。
    • 東武宇都宮線の有料急行列車愛称として使用された「しもつけ」は、その廃止後、鬼怒川線発着急行の愛称として使用された。また同じく鬼怒川線発着の特急に新たに「かわじ」の愛称が使用された。
      • 特急停車駅:浅草 - 下今市 - 東武日光・鬼怒川温泉(下り東武日光行きと上り東武日光発最終1本は下今市通過)
      • 運転本数:浅草 - 東武日光間(特急平日3往復土日は4往復、急行平日2往復休日は3往復)、浅草 - 鬼怒川温泉間(特急平日下り3本上り5本土日は下り4本上り6本、急行平日1往復土曜は3往復)

[編集] DRCの登場と東武特急の繁栄

DRC 「けごん」
DRC 「きぬ」
東武博物館に静態保存される東武1720系電車
  • 1960年(昭和35年) - 1720系が特急に就役。
    • この新車投入は、1959年(昭和34年)に国鉄が「日光形」157系を準急「日光」に投入し時間短縮と客室居住性向上を図ったことへの対応策であり、折からの世界規模の国際観光ブーム到来に対応するための外国人観光客対策でもあった。なお、本車両の詳細は車両記事項目を参照。
  • 1962年(昭和37年) - 1720系の特急に「けごん」「きぬ」の愛称を専属で付与され、上り・下りとも「けごん」「第2けごん」のように2番目以降の列車に番号を振った。
    • 東武日光駅発着特急に、新たに「ようめい」の愛称が使用された。
    • 同時に1720系使用列車の営業最高速度を110km/hに引き上げた。
      • 特急停車駅:浅草 - 下今市 - 東武日光・鬼怒川温泉(東武日光発着の1往復は下今市通過)
      • 運転本数:浅草 - 東武日光間(特急平日4往復土日は3往復、急行平日下り2本上り1本休日は下り3本上り2本)、浅草 - 鬼怒川温泉間(特急平日下り4本上り2本土日は下り4本上り3本、急行平日下り3本上り4本土曜は4往復)、浅草 - 赤城間(急行毎日3往復)
  • 1963年(昭和38年) - 上りの特急と急行の全列車を、営団地下鉄日比谷線(1969年からは千代田線も)および都心方面へ直通する国鉄常磐線との乗り換えのために北千住駅への停車を開始。
  • 1964年(昭和39年) - 1720系の特急を「D特急」とし、1700系のものを「特急」という種別呼称を使用する。「D」=1720系の称「デラックスロマンスカー」。快速専用車両として6000系の運用を開始する。同時に座席指定席を快速の一部車両に導入。
    • 後に6000系は5700系とともに急行列車にも使用される。
      • 特急停車駅:浅草 - 東武日光、浅草 - 鬼怒川温泉 - 鬼怒川公園
      • 運転本数:浅草 - 東武日光・鬼怒川間(特急平日計10往復土日は11往復、急行毎日2往復)、浅草 - 赤城間(急行毎日4往復)、浅草 - 葛生間(急行毎日1往復、赤城発着便に併結)、浅草 - 伊勢崎間(急行毎日1往復、赤城発着便に併結)
      • 料金:D特急300円、特急200円、急行100円
  • 1967年(昭和42年)- 東上線池袋-東武日光間の臨時列車として「にっこう」が運転される。
    • 高度経済成長により自動車産業等の内陸工業が隆盛した伊勢崎線方面への急行列車が大幅増発された。
      • 特急停車駅:浅草 - 東武日光、浅草 - 鬼怒川温泉 - 鬼怒川公園
      • 運転本数:浅草 - 東武日光・鬼怒川間(特急平日計10往復土日は11往復、急行平日2往復休日3往復)、浅草 - 赤城間(急行毎日下り7本上り6本)、浅草 - 葛生間(急行毎日上り1本)、浅草 - 伊勢崎間(急行毎日1往復、赤城発着便に併結)
  • 1969年(昭和44年)3月21日 - 列車の発車順に付与される番号を改変し、上りを偶数、下りを奇数とする。
    • 6月11日付けで「D特急」「特急」から「A特急」「B特急」と種別呼称を変更する。またこの時点でB特急列車の列車名も東武日光駅発着を「なんたい」、鬼怒川公園駅発着を「たかはら」、急行列車名も東武日光駅発着を「だいや」、鬼怒川公園駅発着を「おじか」と統一している。
  • 1969年(昭和44年)9月27日 - 不定期だが大宮駅発着の急行「りゅうおう」「きりふり」の運行を開始する。
    • 「りゅうおう」は鬼怒川温泉駅行、「きりふり」は東武日光駅発着で土・日曜日を中心に運行され、途中岩槻駅春日部駅・下今市駅に停車した。なお、春日部駅ではスイッチバックが行われた。
  • 1971年(昭和46年) - 1700系による特急の運転を終了し、すべての特急が1720系による運行となる。なお、1700系も1720系と同様の車体に改められて再び特急「DRC」として使用されることになる。
  • 1972年(昭和47年) 不定期列車としての「りゅうおう」「きりふり」の運行を終了する。なお、廃止以降も散発的に団体扱いで運行されることがあった。
  • 1973年(昭和48年) - 新栃木-東武日光間の複線が復旧。
    • これにより、下り「けごん」のノンストップ列車は浅草~東武日光間を1時間41分で走破し、表定速度は80km/hを超えた。
      • 特急停車駅:浅草 - 下今市 - 東武日光(一部下り便は下今市通過、上り全便北千住停車)、浅草 - 下今市 - 鬼怒川温泉 - 鬼怒川公園(上り全便北千住停車)
      • 運転本数:浅草 - 東武日光・鬼怒川間(特急毎日計15-17往復、急行毎日計2往復)、浅草 - 赤城間(急行毎日15往復、一部便は区間便)、浅草 - 葛生間(急行毎日1往復)
快速急行 「だいや」
  • 1976年(昭和51年) - 「だいや」「おじか」の列車種別を「急行」から「快速急行」へ変更。快速の座席指定席を廃止。
    • 「だいや」「おじか」には6000系・5700系が充当されており、同種別の伊勢崎線系統急行「りょうもう号」専用1800系に比して内装やサービスが落ちるため取られた措置である。また、同時に同じ車種を用いた「快速」の座席指定制を廃止し、「快速急行」を座席指定制列車に特化した。急行券も「快速急行」と称号を変更したことにより「快速急行券」と名称を変更する。なお、停車駅は下り列車が北千住駅通過である以外、2005年時点での有料急行停車駅と同等となっている。
  • 1984年(昭和59年)12月15日 - 18時15分頃に家中駅付近で17時に浅草を発車した鬼怒川温泉行特急「きぬ」号が乗用車と衝突する事故が発生。これにより、1756号の前面部と車内および1755号の車内が焼損し、復旧まで1か月を要した。
    • この時期は年末年始の繁忙期だったので、その間の代行を5700系の6連が担当したが、性能面やサービス面で1720系と差があり、特に運転ダイヤは1720系のそれに対応できないので、5700系のそれに合わせた。そのため、乗客には特急券の払い戻しや乗車予定だった乗客にはそれを了解の上で乗車した。
  • 1985年(昭和60年)1月12日 - 1756号+1755号の先の踏切事故からの復旧工事が完了した。
  • 1985年 - 快速・快速急行用車両として6050系の使用を開始。
  • 1986年(昭和61年) - 一部下り特急が通過していた下今市駅に全便停車となる。
  • 1988年(昭和63年)8月8日 - 定期列車から5700系が退役。
  • 1988年(昭和63年)8月9日 - 野岩鉄道会津鬼怒川線会津高原駅(現:会津高原尾瀬口駅)発着快速急行「おじか」の運行を開始。これに伴い快速急行券の名称を座席指定券とする。また、新栃木駅に一部特急が停車開始。

[編集] スペーシアの就役と特急の変容

  • 1990年平成2年)6月1日 - 特急専用車両として100系が就役。
    • 公募により「スペーシア」の車両愛称が与えられ、これ以降特急「けごん」「きぬ」の総称としても使用される。この愛称は「宇宙」「空間」を表す"SPACE"と温泉の"SPA"とを合成して固有名詞化させたものである。
    • また、JR以外の鉄道会社では初めて同車両に個室を採用した。
  • 1990年(平成2年)10月12日 - 会津鉄道会津線一部区間の電化に伴い、会津高原駅発着の「おじか」を会津田島駅まで延伸。
  • 1991年(平成3年)7月21日 - 急行専用車両300系・350系が就役。従来の快速急行を急行に種別変更した上で、間合い運用などで準急や普通列車にも使用していた6050系による運用を廃止し、急行専用車両の300系・350系のみで運用することとなった。この時、列車名も以下のように変更され、制度上も「りょうもう」と同じ距離制を採用した。ただし「座席指定券」の制度自体は夜行列車「尾瀬夜行」「スノーパル」での運用を前提として存置させた。
    1. 日光線内発着:「きりふり」
    2. 鬼怒川線内発着:「ゆのさと」
    3. 野岩鉄道・会津鉄道乗り入れ:「南会津」
  • 1991年(平成3年)8月31日 - 1720系が退役。翌9月1日から特急はすべて100系で運転。
  • 1997年(平成9年)3月25日 - ダイヤ改正に伴い以下のように変更する。
    1. 特急・急行の全列車を定期券での利用可とし、当時「ビジネスライナー」指定を廃止。
    2. 北千住駅にすべての下り特急・急行が停車を開始。これは同駅の改良工事完了に際して下り1番線ホームの小菅駅寄りに特急・急行専用ホームを新設したことによって実現された。
  • 1999年(平成11年)3月16日 - 春日部駅に一部の特急が停車開始。
    • 従来急行までは停車していたが、急行自体の本数が少ないことや野田線を介しての大宮駅方面からの乗客を見込んで設定された。また、ドア扱いを一部にするなど限定的な扱いに終始する。
  • 2001年(平成13年)3月28日 - ダイヤ改正に伴い以下のように変更する。
    1. 春日部駅に全列車が停車。ただし、ドア扱いの限定は存置される。
    2. 新高徳駅に全列車が停車。
    3. 新栃木駅から栃木駅停車に変更。
    4. 浅草駅→新栃木駅間を運行していた定期急行「きりふり」201号が東武日光駅行の特急「けごん」に格上げされたのに伴い、定期急行は「しもつけ」と「南会津」のみとなる。
    5. 従来1列車乗車ごととされた特急券に距離制を導入し、浅草駅~春日部駅間など短距離での利用を促進させる方策を採る。
  • 2002年(平成14年)11月 - 特急・急行料金の特割(値下げ)キャンペーンを実施。
  • 2003年(平成15年)3月19日 - ダイヤ改正に伴い以下のように変更する。
    1. 特急・急行料金を全区間で値下げ。
    2. 浅草駅→春日部間に通勤・通学向け特急「けごん」43号の運行開始。
    3. 栃木駅・新鹿沼駅に全列車の停車を開始。
    4. 新栃木駅の停車以外での特急・急行と停車駅に差違がなくなったことや、利用客の掘り起こしのために平日と土曜・休日料金の導入と「午後割」「夜割」の制度を導入した。しかし、料金制度上「午後割」「夜割」を利用した場合「急行料金で特急に乗車できる」というアンバランスな状況となった。
    5. 個室料金も値下げしたが、今回より平日と土曜・休日で料金が異なる体系となった。
  • 2005年(平成17年)3月1日 - 会津鉄道所有の「AIZUマウントエクスプレス」鬼怒川温泉駅まで乗り入れ、「きぬ」に接続するダイヤを組むこととなった。これにより従来会津田島駅まで運行していた「南会津」の運行を2月28日で終了、翌日以降は東武線内のみ運行の急行「ゆのさと」273・274号と名称を変更し、運行区間を浅草―新藤原間として新藤原で会津田島駅発着の列車に連絡するダイヤとなった。
  • 2005年(平成17年)7月 - 浅草駅→新栃木駅間にホームライナー格の急行列車「きりふり」241号が金曜限定で運行される。
  • 2006年(平成18年)3月18日 - ダイヤ改正により以下のように変更する。
    1. 栗橋駅構内の東武日光線とJR宇都宮線東北本線)間に新設された連絡線(両社のホーム間に設置)を介し、JR東日本と東武日光線を相互直通運転する特急「日光」「きぬがわ」「スペーシアきぬがわ」新宿-東武日光・鬼怒川温泉)を新設。
    2. 東武線内での列車種別の見直しに伴い私鉄唯一の有料急行が消滅。急行「しもつけ」を特急に昇格して特急「しもつけ」とする。定期急行「ゆのさと」は廃止された。同日より東武本線に無料急行が復活するとともに、無料区間急行、無料区間快速が新設された。
    3. 平日下りの浅草→南栗橋間にホームライナー格の特急「きりふり」283号を設定。東武動物公園駅杉戸高野台駅幸手駅、南栗橋駅に停車開始。この列車に限り春日部駅以北から乗車する場合は特例で特急料金を不要とし、日光線内では各駅停車とした。
    4. 浅草駅発春日部駅行通勤向け特急「けごん」43号の運行区間を新栃木駅まで延長。
  • 2007年(平成19年)3月18日 - 全列車・全車両が禁煙となる。
  • 2009年平成21年)6月6日 - ダイヤ改正により、春日部駅発浅草駅行「けごん2号」が新設。

[編集] 列車名の由来

五十音順

[編集] 脚注

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  1. ^ 「けごん」は基本的に東武日光線発着特急名であるが、「けごん41・2号」だけは浅草 - 春日部駅間の区間便となっており、日光線には入線しない
  2. ^ 浅草を夜間に出発し深夜に終着駅へ到達するダイヤが組まれており、途中春日部駅以北からの乗車については乗車時に特急料金を徴収しない特例がある他、日光線内は各駅に停車する。
  3. ^ 下今市駅を始発・終着とする「連絡列車」は連絡相手の列車種別に基づき「特急連絡」「急行連絡」などと称され、使用車種の6050系300系・350系には「特急連絡」「急行連絡」の方向幕が用意されている
  4. ^ 現在は快速「AIZUマウントエクスプレス」はJR直通特急「(スペーシア)きぬがわ」とも接続しており、大宮駅池袋駅新宿駅会津若松駅間の旅客利便性向上が図られている

[編集] 関連項目